こおろぎ)” の例文
お栄はそれを見ると同時に、急にこおろぎの鳴く声さえしない真夜中の土蔵が怖くなって、思わず祖母の膝へすがりついたまま、しくしく泣き出してしまいました。
黒衣聖母 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたくしがその年の秋に初めて鳴出すこおろぎの声をききつけるのは、大抵こういう思いがけない瞬間からである。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
少し目の慣れるまで、歩きなやんだ夕闇ゆうやみの田圃道には、道端みちばたの草の蔭でこおろぎかすかに鳴き出していた。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
どこかで鳴くこおろぎさえ、ならんでいる人の耳に肌寒はださむ象徴シンボルのごとく響いた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
柴栗の焼いたのを盆に盛って、おげんは行燈あんどうの前にその白い顔を見せた。奥州の夜寒にこおろぎもこの頃は鳴き絶えて、庭の銀杏いちょうの葉が闇のなかにさらさらと散る音がときどきに時雨しぐれかとも疑われた。
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
柄にもなく神妙な顔をして寂しくはしごの下の早いこおろぎに聴き入っていた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
外ではたくの音がこおろぎの鳴くように聞える。
(新字新仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
木の葉におるは雨蛙、草の蔭のはこおろぎよ。
秋の夜ごとにふけ行く夜半過やはんすぎわけて雨のやんだ後とて庭一面こおろぎの声をかぎりと鳴きしきるのにわたしはつかれぬままそれからそれといろいろの事を考えた。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ただ暖かい野の朝、雲雀ひばりが飛び立って鳴くように、冷たい草叢くさむらゆうべこおろぎが忍びやかに鳴く様に、ここへ来てハルロオと呼ぶのである。しかし木精の答えてくれるのがうれしい。
木精 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
つづらのふたをとって見たり、かぶせて見たり一日いちんちそわそわして暮らしてしまいましたがいよいよ日が暮れて、つづらの底でこおろぎが鳴き出した時思い切って例のヴァイオリンと弓を取り出しました
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こおろぎと云う奴のように
それは梵鐘ぼんしょうの声さえ二三年前から聞き得なくなった事を、ふと思返して、一年は一年よりさらにはげしく、わたくしはせみこおろぎの庭に鳴くのを待詫まちわびるようになった。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「ありがたい事に弓は無難です。今度はヴァイオリンを同じくランプのそばへ引き付けて、裏表共よくしらべて見る。このあいだ約五分間、つづらの底では始終こおろぎが鳴いていると思って下さい。……」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とこうしろでこおろぎが鳴いている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)