ほたる)” の例文
旧字:
溜息をついて傘を持ち直し、暗い夜空を見上げたら、雪が百万のほたるのように乱れ狂って舞っていました。きれいだなあ、と思いました。
雪の夜の話 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その晩に限って奥底のはかられないような気のする暗い気もちの悪い林の奥に、小さなほたるのようなが一つほっかりと光っていた。
雀が森の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
半町ばかり先に、ほたるほどの赤い火が見えだした。七は、煙草をすいながら戸狩の若者七人ばかりと一緒に、草叢くさむらに腰をすえこんでいた。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その黒い影はほたるよりも淡い火のひかりを避けるように、体をひるがえして立去ろうとするのを、二人はつづいて追おうとすると
馬妖記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ほたるが多く飛びかうのにも、「夕殿せきでんに蛍飛んで思ひ悄然せうぜん」などと、お口に上る詩も楊妃ようひに別れた玄宗の悲しみをいうものであった。
源氏物語:42 まぼろし (新字新仮名) / 紫式部(著)
点々と散在する遠火の群は、夜白々と明けるにつれて晴れた空の星屑とも見え、古歌にいう、河辺のほたるもこのことかと思われた。
しかもその俗語の俗ならずしてかへつて活動する、腐草ふそうほたると化し淤泥おでいはちすを生ずるの趣あるを見ては誰かその奇術に驚かざらん。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
やがて私はまた竹藪たけやぶに沿うた坂を下って、田圃たんぼそば庚申塚こうしんづかのある道や、子供の頃ささを持ってほたるを追い回した小川の縁へ出て来ましたが
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
涼風一陣吹到るごとに、ませがきによろぼい懸る夕顔の影法師が婆娑ばさとして舞い出し、さてわ百合ゆりの葉末にすがる露のたまが、忽ちほたると成ッて飛迷う。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
薄葉の中にあまたのほたるが入れてあるらしく、そこだけ、青い灯火ともしびのような光がはらんで、明りにかわるようにしてあった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
待て/\、お行者ぎょうじゃ。灸と言へば、煙草たばこ一吹ひとふかし吹したい。ちょうど、あの岨道そばみちほたるほどのものが見える。猟師が出たな。火縄ひなわらしい。借りるぞよ。来い。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
雪やほたるを集めたという昔話がある。もとは普通の人の家には、書物を読むだけの光が備わっていなかったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
すると、ときどきほたるの火のように、懐中電灯がいくつもちらちら点滅するのが見られた。捜索隊にちがいない。
空中漂流一週間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
復一は「はてな」と思った。彼は子供のときから青年期まで金魚屋に育って、金魚は朝、昼、晩、見飽みあきるほど見たのだが、ほたるくずほどにも思わなかった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
淡月うすづきは三輪山の上を高く昇っているのに、河原はなんとなく暗い——涼しい風はさっと吹いて来た。川波をうて、ほたるが淋しいもののようにゆらりゆらりと行く。
夜になったらきっとほたるが飛ぶにちがいない。私はこのゆうべばかり夏の黄昏たそがれの長くつづく上にも夕月の光ある事をうらみながら、もと来た鮫ヶ橋の方へときびすを返した。
さる子細あればこそ此処ここの流れに落こんでうそのありたけ串談にその日を送つて、なさけ吉野紙よしのがみの薄物に、ほたるの光ぴつかりとするばかり、人の涕は百年も我まんして
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらくほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
水気が少しでも交ると早や早や悪くなります。水なしにお砂糖を少し入れて最初はほたるのようなトロ火へかけておくとその温気あたたまりで林檎から汁が出て鍋一杯になります。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ほたるがチラホラ飛んでいる。小さな棺を担がした人がスタスタ通ってゆく。前のせきでは農具を洗っている。くわやみにも光る——そのそばで、大きな瓜を二ツに裂いている。
なつならば、すいとびだすまよほたるを、あれさちなと、団扇うちわるしなやかなられるであろうが、はやあきこえ垣根かきねそとには、朝日あさひけた小葡萄こぶどうふさ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
極く極くデリケートな超短波の宇宙線に変化しながら、やっと引返して来たイーサーの霊動が、ほたるの光のように青臭く、淋しく、シンシンと髪切虫の触角に感じて来るのであった。
髪切虫 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
日本人は自分の手で国土をぶち壊し、汚濁させ廃滅させているのだ、と私は思った。修善寺へいったら、あの清流に農薬が流れ込むため、ほたるもいなくなったし川魚も減ったという。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
左様さうでしやうか」と云ふ返事をしたが、すぐ真面目まじめな調子で、「ほたるてえものは、むかし大分だいぶ流行はやつたもんだが、近来はあまり文士がたさわがない様になりましたな。う云ふもんでせう。 ...
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
燈火ともしびわずかほたるの如く、弱き光りのもとに何の夢見て居るか罪のなき寝顔、せめてもうとお計りも大きゅうして銀杏いちょうまげ結わしてから死にたしとそでみて忍び泣く時お辰おそわれてアッと声立て
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
七夕たなばたあかや黄や紫の色紙がしっとりとぬれにじんでその穂やくわの葉にこびりついている。死んだほたるのにおいか何かがむせんで来る。あけっぱなしの小舎こやがある。蚕糞こくそまゆのにおいがする。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
画題の中最も多きはちんのある山水、その他あるいは花、あるいは草、あるいは鳥、あるいは船、これらにしばしばほたるとかちょうとかが添えてあるのを見掛ける。まま純紋様のものにも逢う。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そして、音のした方角をじっと見つめていると、草むらのあいだに、りんのように青く底光りのする二つの玉が現われた。この寒い時分、ほたるがいるはずはない。へびでもない。闇にも光る猫属の眼だ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
おきなは、黄いろい紙の扇を開いて、顔をさしかくすように思われたが、見る見る、影が薄くなって、ほたるほどになった切り燈台の火と共に、消えるともなく、ふっと消える——と、遠くでかすかながら
道祖問答 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
造船所のみさきの陰には、あさなぎ、ゆうなぎと書いた二そうの銀灰色の軍艦が修理に這入っていた。白い仕事服の水兵たちがせっせと船を洗っている。赤い筋のある帽子が遠くからほたるのように見えた。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ほたるが一匹、噴水の霧を横ぎるようにして、大榎の梢たかく、消えた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ほたるのような光が、上下左右に動きだす。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
「何、云ってやがんだい、ほたるめ!」
工場新聞 (新字新仮名) / 徳永直(著)
「悦ちゃん、ほたるが逃げてしまうわ」
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ほたるLe Ver Luisant
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
ほたる追ふ子ありて人家近きかな
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
ほたるひかりだ、そりゃあ」
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
むしほたる人魂ひとだまか。
桜さく島:春のかはたれ (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
番所の警板けいばんが急をつげると、たちまち無数のかんこ船、捕手のかざす御用提灯の火をって、ほたるをブチまけたように海上へ散らかった。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
麹町辺でも震災前には随分その声を聴いたものであるが、郊外のここらでどうして鳴かないのかと、わたしは案外に思った。ほたるも飛ばなかった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
涼しい風が吹いて、どこでともなく虫が鳴き、ほたるがたくさん飛んでいた。源氏の従者たちは渡殿わたどのの下をくぐって出て来る水の流れに臨んで酒を飲んでいた。
源氏物語:02 帚木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
蝙蝠こうもりに浮かれたり、ほたるを追ったり、その昔子供等は、橋まで来るが、夜は、うぐい亭の川岸は通り得なかった。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もうをともしてもいゝ時分なのを、さうしないのは、今宵私を招いた趣旨のほたる見物に何か関係があるのかも知れないと思ひ、すこしは薄気味悪くも我慢して
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
それはほたるか何かであろう。彼はかつ支那しなの随筆の中で読んだことのある蛍に関する怪奇なものがたりを思いだした。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
高圧変圧器こうあつへんあつきがうーんとうなり、室内が真暗まっくらになると、ブラウン管の丸いお尻がほたるのように光りだして、やがてその上に、貴賓室の内部がありありとうつりだした。
丹後守の家では二三の人が残ったきりで、あとは皆、昼からの引続いての神楽かぐらと、今年はほたるを集めて来て階段の下から放つという催しを見に行ってしまっています。
そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪てんきりんはしらがいつかぼんやりした三角標さんかくひょうの形になって、しばらくほたるのように、ぺかぺかえたりともったりしているのを見ました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
魚はそのほたるのあかりのようなものをまでなつかしそうに、からだに吸いとるようにしていたのです。
寂しき魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
近頃日光の御山おやましきりに荒出して、何処どこやらの天領ではほたるかわず合戦かっせん不吉ふきつしるしが見えたとやら。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ほたるの光でも歌わせて、いや、仰げば尊し、のほうがいいかな、お前が一人々々に卒業証書を授与してね、それからお前は、発狂の真似まねをして、まっぱだかで表に飛び出し、逃げる。
グッド・バイ (新字新仮名) / 太宰治(著)