へび)” の例文
へびの卵の事があってから、十日ほど経ち、不吉な事がつづいて起り、いよいよお母さまの悲しみを深くさせ、そのお命を薄くさせた。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
おれは畜生を見違えちゃった。あいつは床屋じゃねえ、へびだ。ようし、錠前屋を呼んできて、今にしっぽに鈴をつけさしてやらあ。」
彼はその時へびの頭が偶然東向ひがしむきに倒れているのに気がついた。そうしてその頭の恰好かっこうを何となしに、方角を教える指標フィンガーポストのように感じた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
みつつにつてたおしな卯平うへいしたうて確乎しつかうちめたのはそれからもないことである。へびはなし何時いつにか消滅せうめつした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
馬や牛や羊はいうに及ばず、鶏や家鴨あひるなどの鳥類や、それから気味のわるいへびわに蜥蜴とかげなどの爬蟲類はちゅうるいを入れた網付の檻もあった。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
これはあたかもへびの皮を脱するごとく、物体の表面からはがれて、あとからあとからと八方に飛び出す。その速度は莫大ばくだいなものである。
ルクレチウスと科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
とお前様お聞かせ申す話は、これからじゃが、最初に申す通り路がいかにも悪い、まるで人が通いそうでない上に、恐しいのは、へびで。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御寝所ごしんじょの下のへびかえるのふしぎも、あれら親子おやこ御所ごしょ役人やくにんのだれかとしめしわせて、わざわざれていたものかもれません。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
何処で何う聞き出して来るんですか、矢っ張りじゃみちへびね。日本橋の金輪さんの娘さんの縁談の時なぞも先方むこうかくしていたことを……
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
十数年前大坂表で、赤格子九郎右衛門一味の者が、刑死されたと聞いたとき、そこはいわゆるじゃの道はへびで、眉唾まゆつばものだと思いました。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「昨夜海へびらがここで過ごしたことは、明らかである、この状態じょうたい判断はんだんすると、二三時間まえにかれらは、ここを去ったものであろう」
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
木村を払い捨てる事によって、へびからを抜け出ると同じに、自分のすべての過去を葬ってしまうことができるようにも思いなしてみた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
現に、自分が今、かみを拔いた女などは、へびを四寸ばかりづゝにつて干したのを、干魚ほしうをだと云つて、太刀帶たてはきの陣へ賣りに行つた。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「それじゃ僕から説明して上げましょうか。これでも貴女ぐらいの程度には苦労しているつもりですからね。じゃの道はへびですよ」
けむりを吐かぬ煙突 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
じやの道はへびだ。弁護士は直に其を言つた。丑松は豊野の停車場ステーションで落合つたことから、今この同じ列車に乗込んで居るといふことを話した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
傷つけられた自負心の黒いへびが、夜っぴて彼の心臓を吸いつづけたのである。寝床から起き出ると、ルージンはすぐに鏡を見た。
ディオニシアスはずいぶんわがままな惨酷ざんこくな男でした。市民たちは彼のいろいろな乱暴から、ディオニシアスをへびのように憎み出しました。
デイモンとピシアス (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
街道の地面は、さながら霜が降った如く真白で、その上に鮮かな磯馴松の影が、路端から這い出したへびのようによこたわっている。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わたし所有あらゆるしらべました、堤防どてました、それからかきも』として、はとあいちやんにはかまはず、『けどへびは!だれでもきらひだ!』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
じゃの道はへびの相当な奴が意地になって、腕にかけ、面にかけて、捕り方に向って来ようというのでは、相手が悪いと七兵衛が考えました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
巨男おおおとこのお母さんはおそろしい魔女まじょでした。ほらわしのような高い鼻や、へびのようなするどを持ったあのおそろしい魔女まじょでした。
巨男の話 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
あのように乱れた心の中はへびの巣でもあばいたように、数知れぬむごたらしい恐れがうごめいて、どんな思いをさせていようも知れぬことだ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
かんざしをさしたへびと原子爆弾の原理とが仲よく組合わされていた幼年の日の夢を、今更のようになつかしく思い見る次第である。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
弟定次郎がじゃの道はへびで支倉の悪事に感づいた事が、思えばこの事件の起る原因だったのだ。支倉は彼の脅迫を恐れて貞を殺したのだろうか。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
彼がこの考えを起こした後は、固有の偉大なる身躯からだがあるいはかえるとなり、あるいは鳥となり、あるいはへびとなり、種々なる形に変化している。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「そうか、なかなか禅味のある話でおもしれえや。じゃが出るかへびが出るか知らねえが、じゃおれがひとつ当たってやろう」
かうなると、探索の範囲もよほど広くなるわけであるが、流石さすがじゃの道はへびで、手先は、づ近所の新宿に眼をつけた。
赤膏薬 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
聖書によれば、人間の原罪の片棒をかついだためにへびはいまでも憎まれ、ちりの中をいまわらなければならないのだという。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あとにて書生の語る所によれば、其日そのひ雨の降りしきれる時、世に云ふたつまきなるものありて、そのへびの如き細き長き物の天上するを見たりきといふ。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
この暴風雨は、人を殺すに屈竟くっきょうの時だ。これ泣くな、泣いたとて、わめいたとて、誰にも聞こえやせん。お前はもう、へびに見こまれたかえるも同然だ。
死体蝋燭 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
やがてのことに女は、肌膚はだに着けた絎紐くけひもをほどくと、燃えるような真紅の扱帯しごきが袋に縫ってあって、へびかえるんだように真ん中がふくれている。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
つておでよとあまへるこゑへびくふ雉子きゞすおそろしくなりぬ、さりとも胎内たいないつきおなことして、はゝ乳房ちぶさにすがりしころ手打てうち/\あわゝの可愛かわいげに
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それからこれとやや似た問題で、二つのへびを持ってきて雌雄めおをくべつして見よといったこと、これは印度いんどでできたという『雑宝蔵経ぞうほうぞうきょう』にも出ている。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
わしはとを追い、おおかみは羊をつかみ、へびかえるをくわえている。だがあの列の先頭に甲冑かっちゅうをかぶり弓矢を負うて、馬にのって進んでいるのは人間のようだ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
しかしへびだとか、蜥蜴とかげだとかゞ、いしあひだからしておどろかされることがありますから、注意ちゆういしなければなりません。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
ヂュリ おゝ、パリスどのと祝言しうげんをせうほどなら、あのたふうへからんでい、山賊やまだち跳梁はびこ夜道よみちけ、へびくさむらひそめいともはッしゃれ。
答『へびはもともと地上ちじょう下級動物かきゅうどうぶつかたちも、性質せいしつも、資格しかく竜神りゅうじんとはまった別物べつものじゃ。へびがいかに功労こうろうたところで竜神りゅうじんになれるわけのものでない……。』
金切り声が一時にわき起って小波さざなみをたてながら、そこへ姿を現したものは! ……はだけた着物の間から白い足……手……へびのように解けた髪の中に
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
と、蝋燭ろふそくの火をげて身をかゞめた途端とたんに、根太板ねだいたの上の或物は一匹いつぴきの白いへびに成つて、するするとかさなつたたヽみえてえ去つた。刹那せつな、貢さんは
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
またかまどひるへび寝床ねどこもぐ水国すいごく卑湿ひしつの地に住まねばならぬとなったら如何であろう。中庸は平凡である。然し平凡には平凡の意味があり強味つよみがある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
両々ゆずらず、神謀鬼策しんぼうきさくじゃの道はへび、火花をちらす両雄の腹芸はらげいというところだが、話が出来すぎているようだ。
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
じゃの道はへびさ。それに、あたし、光丸さんと踊りながら、あのが、妊娠してることに気づいたよ。踊るのが苦しそうだったし、肩で息ばかりしてたわ。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「こんなにスローモーションではたまりません。へび生殺なまごろしというものです。それというのも、お雪さんの心がぐらついているからです。わたしは死にます。」
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
道は沼に沿うて、へびのように陰鬱いんうつにうねっていた。その道の上を、生きた人魂ひとだまのように二人は飛んでいた。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
そんなもの、僕の血をまるでへびみたいに吸って吸って吸いつくす自尊心もろとも、のろわれるがいいんだ。……(トリゴーリンが手帳を読みながら来るのを見て)
いわゆるじゃの道はへびのたとえの如く、犯人の事情に精通しているものはやはり彼らの仲間であることから、比較的罪の軽い犯人の中の気の利いたものを選抜して
放免考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
そして、たとえばへびが自分の前にヒョロヒョロと立ち現われた愚かな蛙を造作なく呑み込んでしまう要領で、劇場は愚かな私をあっさりと呑み込んでしまう。……
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
「そんならわけはありません。わたし一寸ちょっとそこをめてあげませう。わたしが嘗めればへびの毒はすぐ消えます。なにせ蛇さへ溶けるくらゐですからな。ハッハハ。」
洞熊学校を卒業した三人 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
そして私は其処に、私の少年時の美しい皮膚を、丁度灌木かんぼくの枝にひっかかっているへびの透明な皮のように、惜しげもなく脱いできたような気がしてならなかった。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
息子むすこの方の恩田だ。いつかの夜、草むらに二つの燐光りんこうを輝かせて、へびのように這って行ったあの怪物だ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)