よもぎ)” の例文
やはり菊の根には菊がさき、よもぎの根には蓬しか出ぬと、孤雲の七郎は、旧主の子と、範宴とを心のうちで較べて、さびしい気がした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
く沈んだ憂えを帯んだ額に八の字を寄せて、よもぎのように蓬々ほうほうとした半白の頭を両手でむしるようにもだえることもあるかと思えば
(新字新仮名) / 小川未明(著)
草餅くさもちが出来た。よもぎは昨日鶴子が夏やと田圃たんぼに往ってんだのである。東京の草餅は、染料せんりょうを使うから、色は美しいが、肝腎かんじんの香がうすい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
矢筈草はちよつと見たる時その葉よもぎに似たり。覆盆子いちごの如くそのくきつるのやうに延びてはびこる。四谷見附よつやみつけより赤坂喰違あかさかくいちがいの土手に沢山あり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ある日学校の付近の紅梅をえがいてみたが、色彩がまずいので、花が桃かなんぞのように見えた、嫁菜よめなよもぎ、なずななどの緑をも写した。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
智子はややほおけた茅花つばなの穂を二三本手でなびけて、その上に大形の白ハンカチを敷いた。そして自分は傍のよもぎの若葉の密生した上へうずくまった。
明暗 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
古い鉄砲の跡に出る、其下手の広い河原に天幕が行儀よくピンと張られていた。よもぎを刈払って厚く下敷にしてあるので、ふくふくしている。
冬とは云ひながら、物静に晴れた日で、白けた河原の石の間、潺湲せんくわんたる水のほとりに立枯れてゐるよもぎの葉を、ゆする程の風もない。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
馬賊の大将は、お月さまの、すべすべとなめらかな顔と、自分の頤髯のもぢやもぢやと、よもぎのやうに生えた顔とをくらべて考へてみました。
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
赤に、黄に、紫に、からからに乾いて蝕まれた野葡萄のぶどうの葉と、枯よもぎとが虫の音も絶えはてた地面の上に干からびて縦横に折り重なっていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その憔悴したさま、滴のしたたるよもぎのような髪の毛、それをほのめぐって、陰火のような茫々としたものが燃えあがっている。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
いや人間は賢いものだ、もしよもぎ菖蒲しょうぶの二種の草をせんじてそれで行水ぎょうずいを使ったらどうすると、大切な秘密をもらしてしまったことにもなっている。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
よもぎの様な頭髪、ボロボロの古布子ふるぬのこ、繩を結んだ帯。乞食かしらん、だが、乞食がなぜあんなに彼を見つめていたのだろう。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
よもぎの枯れたのや、その他種々な雑草の枯れ死んだ中に、細く短い芝草が緑を保って、半ば黄に、半ば枯々としたのもある。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
よもぎつぶしたような、苦味を帯びた青臭さといった感じで、むろんその病人から匂ってくるのだろう、登は顔をしかめながら病床の脇に坐った。
其処いらは小路の両側の、築土も崩れがちで、よもぎのはびこった、人の住まっていない破れ家の多いようなところだった。
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
にがうてただ炊いたんぢや食へやしません。そんななア、碎いて、よもぎのなかさ入れて、團子にして食ふんですわ。さうすりや苦みが消えますよつて。
続生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
髪は霜に打たれしよもぎの如く、衣は垢にまみれて臭気高し。われは爾時、晩食を喫了して戸外に出で、涼をれて散策す。
客居偶録 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
桑畑くはばたはしはうとうつた菜種なたねすこ黄色きいろふくれたつぼみ聳然すつくりそのゆきからあがつてる。其處そこらにはれたよもぎもぽつり/\としろしとね上體じやうたいもたげた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そしてくろずんだ変な洋服を着ていた。その幅広の肩の上には、めりこんだような巨大な首が載っていた。頭髪はよもぎのように乱れ、顔の色は赭黒あかぐろかった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
第一、目録が目線であります。下総しもうさが下綱だったり、蓮花れんげよもぎの花だったり、鼻がになって、腹がえのきに見える。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「とても中をお歩きになれないほどの露でございます。よもぎを少し払わせましてからおいでになりましたら」
源氏物語:15 蓬生 (新字新仮名) / 紫式部(著)
トシエの親爺の伊三郎の所有地は、よもぎや、秣草まきぐさや、苫茅とまがやが生い茂って、誰れもかえり見る者もなかった。
浮動する地価 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
よもぎ菖蒲しょうぶも芽を吹かない池は、岸の草まで、冬枯れのままで、何の変哲もなく底をさらしているのです。
此際は寛はよもぎわらびを採るに野にいずるも、亦他の人も蒔付に出るも、小虫は一昨年に比すればなかばを※じたり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
その男は、盲縞めくらじまのつかれたあわせに、無造作に帯を巻きつけ、よもぎのような頭の海風かいふうに逆立たせて、そのせいか、際立って頬骨ほほぼねの目立つ顔を持った痩身そうしんの男であった。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
右の手首は、車輪に附着くっついて行ったものか見当らず、プッツリと切断された傷口から、鮮血がドクリドクリとほとばしり出て、線路の横に茂り合ったよもぎの葉を染めている。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
小供の一人、「紀州きしゅう紀州」と呼びしが振向きもせで行過ぎんとす。うち見には十五六と思わる、よもぎなす頭髪はくびおおい、顔の長きが上に頬肉こけたればおとがいの骨とがれり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
永久にさえずる小鳥と共に歌い暮してふきとりよもぎ摘み、紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて、宵まで鮭とるかがりも消え、谷間に友呼ぶ鹿の音を外に、まどかな月に夢を結ぶ。
アイヌ神謡集 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
二人の仲よしは、芹だの、よもぎだのと、毎日のやうに、湖に沿ふて遠くまで摘み草に出掛ました。
虹の橋 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
「いろ/\の」の句は、春になっていろいろの草がえ出る、嫁菜とかなずなとかよもぎとか芹とかそれぞれ名があるが、それを一々覚えるのは難しいことだというのであります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
三月の節句に草餅をきまするに、よもぎが多くありまして、摘みましたものでござりますが、只今では、鉱毒地には蓬が少なき故、利根川堤や山の手へ行つて摘んで参ります。
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
稀に残る家は門前草深くして庭上露しげし、よもぎそま浅茅あさぢはら、鳥のふしどと荒れはてて、虫の声々うらみつつ、黄菊紫蘭の野辺とぞなりにける、いま、故郷の名残りとては
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
桑のゆみよもぎの矢をこしらえて、それで天地四方を射ると申します、これは将来、男が身を立て、名を揚げて、父母を顕わすようにと祝福するためであります、恩愛の情にひかれて
愛卿伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
河原にはよもぎすなの中に埋まって生えている、大さな石から石には、漂木がはさまって、頭を支え、足を延ばし、自然の丸木橋になっているところを、私たちは上ったり下りたりした
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
彼らの家中は、ぼうぼうとしたいら草やよもぎに没して姿も見うしなわれた程であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
〽荒れし都の古館、見れば昔ぞ忍ばるる、よもぎが原に露しげく、啼くはうずらか憐れなり
弓道中祖伝 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
きょうはよもぎつみに島田川のせまい川辺へ行きました。橋(フミ切りのところ)で達ちゃん達がそのときはトラックを洗っていました。その道で荒神さんの高いところにものぼりました。
かつて海舟勝翁に聞く、翁の壮なるや、佐久間象山の家において、一個の書生を見る。鬢髪びんぱつよもぎの如く、癯骨くこつ衣にえざるが如く、しこうして小倉織の短袴たんこを着く。曰く、これ吉田寅次郎なりと。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
火縄はよもぎの葉を細く縒合よりあわせたもので、天井から長く吊り下げてあった。
雪女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
切羽せっぱつまって、追いはらうつもりで無我夢中にひろって投げた石が、まともに蛇の頭へあたり、尾で草をうちながらよもぎのあいだをのたうちまわっていたが、間もなく、白い不気味な腹を上へむけて
顎十郎捕物帳:15 日高川 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
道は、真中の人の踏むところだけ残して、枯れた芝草の中からよもぎや嫁菜の青い葉が雑草といっしょに萌えだしていた。坂が急なところへくると、おばあさんはかにのように横むけになって足をかわした。
大根の葉 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
またしても路のよもぎまんとし乗りたる我を忘れたる馬
裏門の寺に逢著ほうちゃくよもぎかな
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
枯れたよもぎ細茎ほそぐき
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
よもぎ摘ゥんで
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
血の木剣と、血の刀をぶらさげたまま、元気に何か語りあいながら、やがて、彼方あなたに見えるよもぎの家の一つへ向って帰って行くのであった。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
清の雍正ようせい年間。草原。処々に柳の立木あり。その間に荒廃せる礼拝堂見ゆ。村の娘三人、いずれもかごを腕にかけつつ、よもぎなぞを摘みつつあり。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その弟らしいのが三四人、どれもこれも黒い垢のついた顔をして、髪はまるでよもぎのように見えた。でも、すこやかな、無心な声で、子供らしい唄を歌った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まだ北風の寒い頃、子を負った跣足はだしの女の子が、小目籠めかいと庖刀を持って、せり嫁菜よめななずな野蒜のびるよもぎ蒲公英たんぽぽなぞ摘みに来る。紫雲英れんげそうが咲く。蛙が鳴く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)