すすき)” の例文
今年ははぎの花がおそく、すすきはしげっているのに、雁来紅がんらいこうは色あざやかだがばかに短く細くて、雁来紅本来のあの雄大な立派さがない。
南朝の暦応三年も秋ふけて、女の笠のつまをすべる夕日のうすい影が、かれの長い袂にまつわるすすきの白い穂を冷たそうに照らしていた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
林が途切れてすすきの原となり、その芒の原の一所に、松の林が立っていたが、そこから数人の云い争うような、高い声が聞こえて来た。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
立会役に代った藩士のひとりが、すすきの葉を二本ちぎってくじにして二人に引かせた。短いほうが先揚さきあげ、長い方が殿しんがり。——七が先に当った。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
若木の杉やならの樹立にはぎすすきをあしらっただけの、なんの気取りもない庭のはずれに、浅野川が藍青の布を延べたように迂曲うきょくして流れている。
ひやめし物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「あるとも、僕は毎日海岸へ出たり、あのすすきの穂の出た旅館の裏手の草の中を歩いてたよ、あの草っぱらに夕月のしたとこは好かったよ」
草藪の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
砂山に生えまじる、かやすすきはやがて散り、はた年ごとに枯れ果てても、千代ちよ万代よろずよの末かけて、いわおは松の緑にして、霜にも色は変えないのである。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すすきかやそよいでいる野路の向うに、明神みょうじんだけとか、大内山おおうちやまという島原半島の山々が紫色にかすんで、中腹の草原でも焼き払ってるのでしょうか
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
飯島では、まだ百日紅さるすべりの花が咲いているというのに、北鎌倉の山曲やまたわではすすきの穂がなびき、日陰になるところで、山茶花さざんかつぼみがふくらみかけている。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
南北の島群を通じて、最も弘く知られているのは柴指しばさしという日で、是はすすきや樹の枝を折って家の周りに指すのだから、現実に祭の開始の日であった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
僕等はすすきの穂を出した中を「悠々荘」のうしろへまわって見た。そこにはもう赤錆あかさびのふいた亜鉛葺とたんぶき納屋なや一棟ひとむねあった。
悠々荘 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
筆者も昨年、この川の緑に生い茂るすすき原の中で大熊に出会い、命からがら一匡邑近くまで飛び帰ったことがあった。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
下にはぎ桔梗ききょうすすきくず女郎花おみなえし隙間すきまなくいた上に、真丸な月を銀で出して、その横のいた所へ、野路のじや空月の中なる女郎花、其一きいちと題してある。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いきなり、ひょウッ! とふるった源三郎の鞭に、路傍の、雨を吸って重いすすき微塵みじんに穂をみだれとばして、なびきたおれる。サッサと馬をすすめて
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
冬になると岸に生えているすすきも枯れ水中の蘆も枯れてちょいと見ると蘆も芒も同じもののように見えているところに、潮が満ちてくるとその枯蘆も浸り
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
シャベルで根をおこしたとき、一緒に根をつけて来たらしい野草が、すすきに似た細葉をのばして、銀茶っぽい粒々だった穂を見せはじめているのであった。
杉垣 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
草花にははぎ桔梗ききょう、菊、すすき鶏頭けいとうなどの秋のものの外に西洋種も多く、今はサルビヤが真紅に咲きほこっていた。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
と、ひどく小さなつたない字で書いた。それから幸子が月に供えたすすきを一本抜いて、尾花をって巻紙の間へ入れた。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いちめんの大平野で、すすき尾花おばなの秋草が、白く草むらの中に光つてゐた。そして平野の所所に、風雅な木造の西洋館が、何かの番小屋のやうに建つてゐた。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
見上げるような両側のがけからは、すすき野萩のはぎが列車の窓をでるばかりにい茂って、あざみや、姫紫苑ひめじおんや、螢草ほたるぐさや、草藤ベッチの花が目さむるばかりに咲きみだれている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
ちらと見ると、浅黄色のちりめんに、銀糸のすすきが、雁の列のやうに刺繍されてある古めかしい半襟であつた。
火の鳥 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
白い吹雪が大原の中を、点々と飛ぶ、大きくねる波系が、白くざわざわと、金剛杖に掻き分けられて、裾に靡く、吹雪は野菊の花で、波系はすすきの穂である。
雪中富士登山記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
空は孔雀青くじゃくあおの色を広げていた。は激しくぎらぎらと照りつけていた。路傍のすすきが銀のように光っていた。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
私の好んで行った山よりの落葉松林からまつばやしは、ときおり林の切れ目から薄赤い穂を出したすすきの向うに浅間の鮮な山肌をのぞかせながら、何処までも真直に続いていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
屁をひって尻をすぼめず屁ひり虫か そいつは余りつまらないじゃないか、つまらないたッて困ったナ それじャこれではどうだ 屁をひってすぼめぬ穴のすすきかなサ
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
縁側の隅に片付けた、お月見の供え物は、すすきまで泣き濡れたようにしおれて、お団子が浅ましく陽に照されて居るのも、惨劇の後の痛ましさを強調するようでした。
すすきの穂なども伸びて、朝夕は風の味もすでに秋の感触であったが、松島が品子と今一人、雑用に働いている遠縁の娘と三人づれで、土産みやげをしこたま持って帰ってみると
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それと共に権田原の林に初夏の新緑を望み、三聯隊裏と青山墓地との間の土手や草原に春は若草、秋はすすきの穂を眺めて、秋骨君のいわゆる応報の説に同感するのである。
一人は患者、生気を抜いた野菜のようにいたずらにぶくぶく太った二十五六の年頃の女で、ぼけたすすきの穂のような光のにぶいれぼったい眼で微かに加奈子を見た薄気味悪さ。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
穂の出たすすきが一杯に乱れている。ただ正面奥は左から右へ渡し場の通路になっているのと、左寄りから奥へ思い切って斜めにみちがついているのとで、そこだけに芒がない。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
少し洒落しゃれては那覇墓なはばかと唱う、琉球の墓は女根にかたどる、普通その上と周縁に松やうず樹すすき等をえ茂らす、しかるに那覇近所の墓に限り多くは樹芒少なく不毛故の名らしい。
一面にかやすすきのなびいてゐるのと違つて、八ヶ岳の裾野は裏表とも多く落葉松からまつの林や、白樺の森や、名も知らぬ灌木林などで埋つてゐるので見た所いかにも荒涼としてゐる。
それはかの君長ひとこのかみの弟の反絵であった。彼はすすきの中にどまると、片眼で山上に揺られている一本の蜜柑の枝をねらって矢を引いた。蜜柑の枝は、一段と闇の中で激しく揺れた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
かやや、すすきや、桔梗ききょうや、小萩こはぎや、一面にそれは新芽を並べて、緑を競って生え繁っていた。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
ひとしきり来る村雨に鮎のすし売る男の袖しとゞなるもあわれ。このあたり複線路の工事中と見えたり。山霧深うして記号標のすすきの中に淋しげなる、霜夜の頃やいかに淋しからん。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そしておくれるやうな者の尻をすすきの穂で叩きながら、大きな声でどなりつけました。
文化村を襲つた子ども (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
彼が其処そこに走りついた時にも、火の手は背後にも、前にも幾層となく縞目しまめって追っていた。わずかなすすきかやの節々の燃えはじける音は、一つの交響的なほどばしりになって寄せた。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
風が来ると、すすきの穂は細い沢山の手を一ぱいのばして、せはしく振って
種山ヶ原 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
川ぞひのすすきと葦のうす月夜小桶はこびぬ鮎ひたすとて
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
すすきぼうぼうと人をうづめる
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
すすきア穂に出てちらつくが
別後 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
おなじく桂川のほとり、虎渓橋こけいきょうの袂。川辺には柳幾本いくもとたちて、すすきあしとみだれ生いたり。橋を隔てて修禅寺の山門みゆ。同じ日の宵。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この時すすきの原の小松の蔭から、また嬰児あかんぼの泣き声がしたが、やがて早瀬の姑獲鳥うぶめのような姿が、芒を分けて歩いて来るのが見えた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
藤吉郎は、縁を下りて、武者わらじのをむすんでいた。その彼をからかい半分に、万寿が手に持っていたすすきで、彼のえりもとをくすぐった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小松林の中にはすすきの繁りやはぎの繁りがあった。芒のやわらかな穂が女の子の手のように見える処があった。白い犬はその芒の中に姿を消すことがあった。
岐阜提灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
朦朧もうろうと立ったり、間近な崖へ影がしたり、背後うしろからざわざわとすすき掻分かきわける音がしたり、どうやら、くだんの二人のおうなが、附絡つきまとっているようなおもいがした。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その道しるべに従って左へ折れ、穂立ちはじめたすすきの丘を越えると、熟れた稲田のかなたに遇妻川あつまがわの流れがみえた。
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
落人おちゅうどそよすすきに安からず、小野さんは軽く踏む青畳に、そと落す靴足袋くつたびの黒き爪先つまさきはばかり気を置いて這入はいって来た。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
土地の人ならばまだその命名の気持を覚えているかも知らぬが、福井附近などですすきの穂をミミツンボというのと、あるいは関係のある言葉かと考えられる。
ちらと見ると、浅黄色のちりめんに、銀糸のすすきが、かりの列のように刺繍ししゅうされてある古めかしい半襟であった。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)