翡翠ひすい)” の例文
幅七分に長さ五寸あまりの翡翠ひすいで、表には牡丹ぼたんの葉と花が肉高な浮彫りになっている、翡翠といっても玉にするほどの品ではないが
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
髪も多かったのがさわやいだ程度に減ったらしく裾のほうが見えた。その色は翡翠ひすいがかり、糸をり掛けたように見えるのであった。
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
夏は翡翠ひすい屏風びょうぶ光琳こうりんの筆で描いた様に、青萱あおかやまじりに萱草かんぞうあかい花が咲く。萱、葭の穂が薄紫に出ると、秋は此小川のつつみに立つ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
十人は翡翠ひすいはすの花を、十人は瑪瑙めのうの牡丹の花を、いずれも髪に飾りながら、笛や琴をふし面白く奏しているという景色なのです。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
風に吹かれた洗い髪の、さわさわとしたのを両手でたくしあげて、無造作な兵庫くずしに束ねた根元を南京ナンキン渡りの翡翠ひすいで止めた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見事な翡翠ひすいの耳飾りと、無数のダイヤモンドをちりばめた左右の腕環と、三箇の指環のほかには、一本の糸、一枚の布切れさえもなかった。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
翡翠ひすい、水晶、その他の宝玉の類、緞子どんす繻珍しゅちん羅紗ラシャなぞいう呉服物、その他禁制品の阿片アヘンなぞいうものを、密かに売買いするのであったが
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
海も——少くとも堡礁の内側の水だけは——トロリと翡翠ひすい色にまどろんでいるようだ。時々キラリとまぶしく陽を照返すだけで。
「ね、そのままの細い翡翠ひすいじゃあないか。琅玕ろうかんたまだよ。——小松山の神さんか、竜神が、姉さんへのたまものなんだよ。」
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし、藍色の鱗に不規則に雲形の斑点を浮かせ、翡翠ひすいの羽に見るあの清麗な光沢をだしたものが、至味とされている。
姫柚子の讃 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
どこもかしこもまだみずみずしくうすい色をして、はねなど白珊瑚と翡翠ひすいの骨組に水晶をのべてはったようなのが露にぬれてしっとりとしている。……
妹の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
象牙の白いぎ汁が石畳の間を流れていた。その石畳の街角を折れると、招牌の下に翡翠ひすいの満ちた街並が潜んでいた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
銀子が今までにしてもらったダイヤの指環ゆびわに、古渡珊瑚こわたりさんご翡翠ひすいの帯留、根掛け、くしこうがい、腕時計といった小物を一切くるめて返すようにと言うので
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
妻が好んで着ていたお召の小袖、あの艶やかな黒髪に挿された翡翠ひすいの飾ピンなどが、みな思い出のたねとなって、深い離れがたない気持をそそります。
消えた霊媒女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
女房は、自分から墨をすり筆をとって返事を書かれたけれ共自分の翡翠ひすいのかんざしを結いてあるきわから插しきって返事にそえて送られた。その返事には
彼は重荷を卸したような心持でもって、青い翡翠ひすいたまのかんざしなどに残る妻の髪の香をなつかしみたかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ほかじゃない、さる大々名から、新年の大香合せに使うために拝借した蝉丸せみまるの香炉、至って小さいものだが、これが稀代の名器で、翡翠ひすいのような美しい青磁だ。
洋人銀の肉叉にくさを用ひ漢人翡翠ひすいはしる。しかして我俗わがぞく杉の丸箸を以て最上の礼式とす。万事皆かくの如し。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
石亭はひきつったような笑いかたをするともさもさを指でかいさぐって小さな翡翠ひすいの耳飾をつまみだした。
水草 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
淡い翡翠ひすいいろの大沼の水面の右寄りにチョコレート菓子をちょんと一つ置いたような形のものがあります。小鳥ヶ島というのだと案内の老人は説明しています。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
岩頭から横にのり出した木の枝には魚狗かわせみが一羽、じっと斜に構えて動きそうにもなかったが、突然弦を離れた翡翠ひすいの矢のように、水を掠めて一文字に飛んで行った。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
アマンジャンのシャボン箱の絵のようにただきれいな翡翠ひすい色と瑠璃るり色の効果を重ねた婦人像と同じ壁の一方にかけられて「果樹園」は現代古典のおもむきを示した。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そしてそこの料亭で一杯のマラスキノにほんのり顔を染めて、今更のやうに眼を見交した事があつた。その夜の抱月氏の眼は矢張り翡翠ひすいのそれのやうに寂しかつた。
埃及エジプト模様の塩瀬しおぜの丸帯に翡翠ひすいの帯留めをしているのですが、シュレムスカヤ夫人の境遇に同情を寄せ、しきりに彼女を褒めちぎっているのはこの婦人の方なのでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
通例カワセミ即ち翡翠ひすいを以て総代としているようだが、これは後世に入ってこの鳥のみが数多く、いわゆる赤ショウビンが深山に隠れて、尋常でなくなったためかと思う。
菊花壇きくかだん菊先乱発きくさきらんぱつ、二尺玉、三尺玉、大菊花壇、二百発三百発の早打はやうち、電光万雷、銀錦変花ぎんにしきへんか菊先錦群蝶きくさきにしきぐんちょう、青光残月、等等等。燦爛さんらんたる孔雀玉の紫と瑠璃るりと、翡翠ひすいと、青緑せいりょく
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
その白骨の文字が、なんというあざやかな青味を持っていることでしょう、さながら、翡翠ひすいの光を集めたようにかがやきましたので、竜之助もその文字に見入りますと女の子は
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
湯帰りと見えて、しま半纏はんてんの肩へ手拭てぬぐいを掛けたのだの、木綿物もめんもの角帯かくおびめて、わざとらしく平打ひらうちの羽織のひもの真中へ擬物まがいもの翡翠ひすいを通したのだのはむしろ上等の部であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紳士と連れ立った淑女達や、大きな金剛石ダイヤの指輪を飾った俳優じみた青年や、翡翠ひすいの帽子を戴いて、靴先に珠玉たまをちりばめた貴婦人などの散歩するのに似つかわしい街の姿である。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
僕はその前から水菜のパリというのが非常に好きだった。水菜をさっとでて食うのだが、さっと茄でたものは翡翠ひすいのようないい色をしていて、食うとパリパリする。非常に美味い。
美味放談 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
離れては又曲りくねつて、その間を玉虫のような、翡翠ひすいのやうな、青葡萄のやうな水が、すうい、すういと流れ、表をかへすと、雪のやうな白い裏地が見える、崖の骨に喰ひついて
天竜川 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
去年はこの翡翠ひすいの色をした薔薇の虫と同種と思われるものが躑躅つつじにまでも蔓延した。もっともつつじのは色が少し黒ずんでいて、つつじの葉によく似た色をしているのが不思議であった。
蜂が団子をこしらえる話 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そのころは年もまだ二十を三つか四つ出たくらいのもので若かったが、商売柄に似ぬ地味な好みから、頭髪かみの飾りなども金あしのかんざしに小さい翡翠ひすいの玉をつけたものをよくしていた。……
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そこは寂として骨董品の展覧会のように、東洋の陶器類、支那、ジャバ、及び日本の能狂言の面、瑪瑙めのう翡翠ひすいでこしらえた花生の鉢、其の他さまざまの道具が所狭きまでに置並べてある。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
翡翠ひすいの色を浮べているのが、さながら神秘の湖であるかのごとく見える。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
そしてそのいしは、ごくふる時分じぶんには、日本につぽん産出さんしゆつしない支那傳來しなでんらい硬玉こうぎよく翡翠ひすい青瑯玕せいろうかん)といふ半透明はんとうめいうつくしい緑色みどりいろいしつくられてあつて、なか/\綺麗きれいなものでしたが、やゝのち時代じだいになると
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
上りがまちへ腰を下ろしながら見ると、上り際の縁板の上へ出して、畳から高さ一尺ほどの紫檀したんの台が置いてあって、玳瑁たいまいの櫛や翡翠ひすい象牙ぞうげ水晶すいしょう瑪瑙めのうをはじめ、金銀の細工物など、値の張った流行はやりの品が
さんらんの翡翠ひすいの玉の上におく
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
しかも、涼霄りょうしょうの花も恥ずらん色なまめかしいよそおいだった。かみにおやかに、黄金きん兜巾簪ときんかんざしでくくり締め、びんには一つい翡翠ひすいせみを止めている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
簾が巻き消えに、上へ揚ると、その雪白の花が、一羽、翡翠ひすいくわえた。いや、お京の口元に含んだ浅黄の団扇が一枚。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
幸い、側を見ますと、翡翠ひすいのような色をした蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけて居ります。
蜘蛛の糸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
外海の濃藍色とは全然違って、堡礁リーフ内の水は、乳に溶かした翡翠ひすいだ。船の影になった所は、厚い硝子ガラスの切断部のような色合に、特に澄み透って見える。
彼女は藤色の衣をまとい、首からは翡翠ひすい勾玉まがたまをかけ垂し、その頭には瑪瑙めのうをつらねた玉鬘たまかずらをかけて、両肱りょうひじには磨かれたたかくちばしで造られた一対のくしろを付けていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
瑠璃るりの床、青玉の壁、翡翠ひすいの窓、そんなものがみなそれぞれの色にいろめき初めました。
ルルとミミ (新字新仮名) / 夢野久作とだけん(著)
翡翠ひすいのような美しい青磁の香炉というのですから、ほかのものと紛れるはずもありません。
銀子に茄子なすを刻んだ翡翠ひすいの時計の下げ物を貸してくれたのだったが、銀子はそっちこっち車を降りたり乗ったりして、出先を廻っているうちに、どこで落としたか亡くしてしまい
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
翡翠ひすいを溶いて流すような変化の美しさに、二人は暫くうっとりと眺め飽かなかった。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そうして瑪瑙めのうった透明なうさぎだの、紫水晶むらさきずいしょうでできた角形かくがたの印材だの、翡翠ひすい根懸ねがけだの孔雀石くじゃくせき緒締おじめだのの、金の指輪やリンクスと共に、美くしく並んでいる宝石商の硝子窓ガラスまどのぞいた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まるで翡翠ひすいか青玉で彫刻した連珠形の玉鉾たまほことでも云ったような実に美しい天工の妙に驚嘆した。たった二十倍の尺度の相違で何十年来毎日見馴れた世界がこんなにも変った別世界に見えるのである。
高原 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この湯殿の側には小池が二つ連なって、山から落ちた大石が池の中にはまり込んでいる、そうして水底から翡翠ひすいのような藻草や、海苔のりのようにベタベタした芹みたいな植物が、青く透き通って見える
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)