羚羊かもしか)” の例文
河が少し開けてかわらに下り立つと、水の流れた跡が箒で掃いたように残っている砂地には、鹿や羚羊かもしかの足跡が無数に印せられている。
渓三題 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
一見、黒白混血児とわかる浅黒い肌、きりっとひき締った精悍せいかんそうなつらがまえ、ことに、肢体したい溌剌はつらつさは羚羊かもしかのような感じがする。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
例の霧を吹くような、羚羊かもしかのするどい声が、仙人山の木隠れに聞えて来て、とうとう幾頭か急斜を走る、というより飛ぶ姿が見られた。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
彼女が野原を踊りまはる時、さては山腹のあたりを足も軽げに歩く時、人々は彼女の美を劣等にしたものが羚羊かもしかだと思つたであらうと思ふ。
ここへ残しておくってことは私には出来ないんだ。さあ、跳べ! 一跳びで外へ出られる。二人で羚羊かもしかのように逃げ出そう。
遠くは飛騨ひだの山々から、中国辺に至るまで、二三百年来手広く取引をなし、山の猟師が熊、鹿、狸、狐、羚羊かもしか、猿、山猫
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
オリンピック競技では馬や羚羊かもしかや魚の妙技に肉薄しようという世界中の人間の努力の成果が展開されているのであろう。
烏瓜の花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それほど喉が乾いて来た、小さな獣の足跡が、涸谷からたにの方から、尾根の方へ、雨垂れのように印している、嘉代吉は羚羊かもしかの足跡だと言って、穂高岳も
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
然らば何ぞ獣の皮を取りて身に纏はざるやと言ひしに、つく/″\と之を聞きて去れり。翌夜は忽ち羚羊かもしかひきを両の手に下げて来り、升山の前に置く。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
こう、目をつぶると羚羊かもしかが三匹氷桟コリドオルの上を走って行くのが、ありありと心眼に写るんだから不思議なもんです。
蒼茫として暮れてゆくアルプスの群山を仰げば、あの氷の上を羚羊かもしかのごとく跳び廻った日が夢のように遠い。
羚羊かもしかのやうなすんなりした脚で、何時いつもネビイブルウのソックスに、白い靴をはいてゐた。腰の線がかつちりしてゐて、後から見る姿は楚々そゝとした美しさだつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
ほんのわずかの供廻ともまわりを連れただけで二人は縦横に曠野こうや疾駆しっくしてはきつねおおかみ羚羊かもしかおおとり雉子きじなどを射た。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
獅子が羚羊かもしかを引き裂くように、あいての手足を一本一本引き裂くことまできた。しかし、ひどい病気にかかったみたいで心がめいったので、それも思いとどまった。
すると荒削りの山の肌が、頂に近くひ松の暗い緑をなすつた所に、小さく一匹の獣が見えた。それが青猪と云ふ異名を負つた、日本アルプスに棲む羚羊かもしかであつた。
槍ヶ岳紀行 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
あの野生の羚羊かもしかを思はせる仕事帰りの農婦等の、仕事着の下に、脚絆・手甲・もんぺの下に軽々と律動的に動いてゐたその肉体は丁度銅色の娘のやうであらうかと思ひ
逃げたい心 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
まだ陽に焼けぬ、白絹しらぎぬのようなクリーム色、あるいは早くも小麦色に焼けたもの、それらの皮膚は、弾々だんだんとした健康を含んで、しなやかに伸び、羚羊かもしかのように躍動していた。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
漸くにして樹木のまばらなところへ来た。沢を隔てて遥かの木立に、カラカラと石の崩れ落ちる音がする。宗忠は木の切株に上って見つめている。羚羊かもしかか猿だろうという。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
僕は毎日の一瞬間、一瞬間が大切でたまらないのだ。この大陸の平原で太陽を浴びる火喰鳥、羚羊かもしかを追ひかける獅子しゝ、みんな出来合ひの日程で生きてゐるのではないんだ。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
「あれが羚羊かもしかです、あの獣は赤いものが好きで、赤いものさえ見せれば半日でも見ています」
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「この人は變つてるのか? 皮肉なのか? 私は、この小さな英吉利の娘さん一人を、大トルコ帝の後宮全部、羚羊かもしかの眼、極樂女神の姿にも、何にも換へようとは思はない!」
喜作は大正十一年の二月、爺ヶ岳裏の棒小屋沢に羚羊かもしか猟に行ってた時に、雪崩なだれの下になって、その息子と、愛犬と一緒に死んだ。皆が、山人らしい死に方でこの世を去ったのだ。
案内人風景 (新字新仮名) / 百瀬慎太郎黒部溯郎(著)
二人は駱駝らくだのうしろに馬、馬のあとには犬、それから羊、驢馬ろば、牛、獅子、象、熊、羚羊かもしかその他いろんなものをみんな長い行列に仕あげて、それを箱船までとどかしてしまふと
いかにも、人間の通った道らしくない。大雨の折りに流下する水道か、熊や羚羊かもしかどもの通う道だろう。喬木では、ツガ、モミ、シラベ、カツラ、サワグルミ、ニレ等混生している。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
今日のわれわれの観念からすれば、羚羊かもしか撃ちや地質探査は登山と呼ばれない。
ピークハンティングに帰れ (新字新仮名) / 松濤明(著)
『其處にゐる軍人の外套まんとからだに。私いさうだんべと思つて探したら、慥かにはあ四十一ルーブルと二十コペエクありましただあ。』言ひながら百姓は、分捕品でゝも有るかのやうに羚羊かもしかの皮の財布を振り𢌞した。
我が最近の興味 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
なんじけがらわしき物は何もくらなかれ。汝らがくらうべき獣蓄けものこれなりすなわち牛、羊、山羊やぎ牡鹿おじか羚羊かもしか、小鹿、やまひつじくじかおおじかおおくじか、など。すべ獣蓄けもの中蹄うちひづめの分れ割れて二つの蹄を成せる反蒭獣にれはむけものは汝らこれくらうべし。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あたかも河馬が羚羊かもしかを追っかけるようなものだった。二、三分とたたないうちに、彼女はマリユスの姿を見失い、息を切らして戻ってきた。喘息ぜんそくのためにほとんど息をつまらして、ひどく怒っていた。
羚羊かもしかのように岩を飛び雪を踏んで、遮二無二に急ぐ。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
羚羊かもしかの足跡を見た。樵夫きこりの歌を聞いた。
チロルの旅 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
まだらの牛と羚羊かもしか
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
羚羊かもしか、猿、山猫、山犬などの毛皮を携えて遙々はるばる前橋まで集まってきたが、明治になってからはこれを神戸の商館へ持ち込んで外国へ輸出している。
たぬき汁 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
広い河原はますます広くなって、水の流れた跡が箒目のように残っている細かい砂の上には、無数の羚羊かもしかの足痕が印してある。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
昔から御なじみの山岳が、今そのままに眼の前にそびえているのだから、羚羊かもしかのように雪の上を飛びはねて、夢中になってうれしがったのは云うまでもない。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
百分の一近辺のものは猩々しょうじょう、鹿、猫など、それから下って百分の一より千分の一の間にあるのが麒麟きりん、象、羚羊かもしか、獅子、袋鼠、鷲、白鳥、きじ、鼠、蛙、鯉など
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そこからは智的な熱情が、まるで羚羊かもしかのようなすばしこさで迸出はしりだしてくるのだけれども、それにはまた、彼女の精神世界の中にうずくまっているらしい、異様に病的な光もあった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
極目人煙を見ず、まれに訪れるものとては曠野こうやに水を求める羚羊かもしかぐらいのものである。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
さわぐ声がする、東の峡間に、一頭の羚羊かもしかを見つけ出したのだ、なるほど一頭いるわいと気がくころ、中村宗義は銃を抱えて、岩蔭を岩蔭をと身を平ッたく伝わって、谷側まで下りた
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
その人は白い文明人がきらひで、赤銅しやくどういろのわれ/\がお好きだつた。巴里女の花模様の衣裳がきらひで、馬や羚羊かもしかのつや/\した皮膚がお好きだつた。あの人は——不思議な人だつた。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
そのあとが、羚羊かもしかと栗……。
チロルの秋(一幕) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
砂の上には生新らしい熊や羚羊かもしかの足跡が縦横に印している。余り好い気持ではない。風が汗ばんだ体にひやりと冷いので、十分許り休んで出懸けた。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
信州のこの地方の深山には、猿も羚羊かもしかも数多くおります。羚羊は禁獣ですから私は撃ちません。猿は十五、六頭から、三十頭くらいの群れをしています。
熊狩名人 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
予の湖畔に於ける狩猟中に、朝食のため土人の一人が未明羚羊かもしか猟をせり。
夢殿殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
欧洲アルプスではこれが三百米突位な深さに達し、登山者のみならず、羚羊かもしかまでが踏み落ちると、そのまま氷漬けになり、自然の墳墓になるということであるが、日本ではそのように深奥なのはない。
高山の雪 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
勿論この附近には羚羊かもしかはいますが鹿はいません。その代りに熊は大分います。大日岳は越中でも有名な熊の産地です。
日本アルプスの五仙境 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
栗鼠りす、木いたち羚羊かもしか、犬、鯨、海狸ビーバー、熊、穴熊、猪、土竜もぐらなど、内地の獣類は、いろいろ食べたことがある。
香熊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
劒沢をさかのぼり、八時十三分、長次郎谷の出合。大なる羚羊かもしかを見る。十時、別山裏の平地に達し、小憩して昼食。十時三十五分、出発。十一時、別山乗越着。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
寛永三年御清の節の食穢しょくあいには狸、狼、羚羊かもしかを食った人に、五日間のけがれありとしてあるが今晩は鰊糟にしんかすにも劣る小片のみで、狸をたらふく食ったわけではないのだから
たぬき汁 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
若干軽装してこの雪の上を羚羊かもしかのように駈け廻る時の愉快は、到底筆や言葉にあらわせるものではない。
冬の山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
三間しか離れていない岩の上に羚羊かもしかがのそりと立っているのを見付けて雄吉が杖で叩き倒そうとしたが
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)