紙魚しみ)” の例文
盛りあがった気味悪い肉が内部からのぞいていた。またある痕は、細長く深く切れ込み、古い本が紙魚しみに食いかれたあとのようになっている。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
伝記家ととらわれてしまうのもうるさい。考証家、穿鑿せんさく家、古文書いじり、紙魚しみの化物と続西遊記にののしられているような然様そういう者の真似もしたくない。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
紙魚しみを防ぐ銀杏の葉、朝顔の葉は枯れ干されて、紙魚と共に紙よりも軽く、窓の風にひるがえって行くところを知らない。
枯葉の記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
書の全体は、甚だしく、変色し、処々は紙魚しみにさえまれている。従って、相当の年代を経たものと観察される。
京鹿子娘道成寺 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
ああ支倉君、紙魚しみに蝕ばまれた文字の跡を補って、トリエステで口火が始まる、大伝奇を完成させようじゃないか
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
いや、事によつたらどこかの図書館に、たつた一冊残つた儘、無残な紙魚しみの餌となつて、文字さへ読めないやうに破れ果てゝゐるかも知れない。しかし——
後世 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
飛石のへりに日苔のしがみついた形、色の食い込みは紙魚しみのある一帖の古本こほんのように懐しいものである。
庭をつくる人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「どうやらここは図書庫らしい。人の気勢が感じられない。紙魚しみくさい匂いばかりが匂って来る」すなわち六感で感じたのだろう。「さあさあ、向こうの建物へ行こう」
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
紙魚しみくいだらけの古帳面を、部屋いっぱいにとりちらしたなかで、乾割ひわれた、蠅のくそだらけの床柱に凭れ、ふところから手の先だけを出し、馬鹿長い顎の先をつまみながら
顎十郎捕物帳:03 都鳥 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
本當ほんとう身體からだいとはねばいけませぬぞえ、此前このまへ原田はらだといふ勉強べんきようものがぱりまへとほけてもれても紙魚しみのやうで、あそびにもかなければ、寄席よせ一つかうでもなしに
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
たとへ僕がさういふ實際的な仕事から離れて紙魚しみの友達とならうとも、問題は依然殘つてゐる。しかし僕は今のところ一時さういふ風に身を避けないわけにはいかなかつたんだ。
続生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
貴さまの如き者は書物の紙魚しみと共に日なたで欠伸あくびでもしておればよろしい。退れっ
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この紙魚しみの世界で、己を窮屈がらせている
紙魚しみのあとひさしのひの字しの字かな
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
終日終夜紙魚しみのように、文字ばかりに食いついております次第、隠居ぐらし、隠遁生活、それこそ庭下駄を穿かないこと、二十日間にもわたろうかという、そんな生活をいたしております。
怪しの館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
紙魚しみの書を惜まざるにはあらざれど
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)