まなこ)” の例文
そのうす暗いなかに更にうす暗い二つの影が、まぼろしのように浮き出しているのを見つけた時に、紋作は急に寝ぼけまなこをこすった。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
平常いつもは死んだ源五郎鮒の目の様に鈍いまなこも、此時だけは激戦の火花の影を猶留めて、極度の恐縮と嘆願の情にやゝ湿うるみを持つて居る。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
二郎はいたくい、椅子のうしろに腕を掛けて夢現ゆめうつつの境にありしが、急に頭をあげて、さなりさなりと言い、再びまなこを閉じ頭をれたり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
顔の色いと青ざめて、一四〇たゆきまなこすざましく、我をしたる手の青くほそりたる恐ろしさに、一四一あなやと叫んでたふれ死す。
「おのれ、長二ツ」と篠田は我と我が心を大喝だいかつ叱咜しつたして、かくとばかりまなこを開けり、重畳ちようでふたる灰色の雲破れて、武甲ぶかふの高根、雪に輝く
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
再拝、慇懃いんぎん、態度は礼をきわめているが、玄徳のまなこには、相手へつめ寄るような情熱と、吐いてひるまない信念の語気とをもっていた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すなはち仏前に座定ざじょうして精魂をしずめ、三昧さんまいに入る事十日余り、延宝二年十一月晦日みそかの暁の一点といふに、忽然こつぜんとしてまなこを開きていわ
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
厭味いやみな喉を振りしぼつて、ほろゝん、ほろゝんの唄などをうたひ出した容子が、鷹揚な機關手のまなこに餘程異樣と映つたのであらう。
城ヶ島の春 (旧字旧仮名) / 牧野信一(著)
神像のような口とおとがい、——その色合が純然たる暗褐色から濃いきらきらした黒玉色へ変る、異様な、烈しい、つぶらな、うるおいのあるまなこ
だから彼もしばらくの間は、恐怖と驚愕きょうがくとを代る代る醜い顔に表しながら、ただ、漫然と自失したまなこを相手に注ぐよりほかはなかった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
空屋か、知らず、窓も、かども、皮をめくった、面にひとしく、おおきな節穴が、二ツずつ、がッくりくぼんだまなこを揃えて、骸骨がいこつを重ねたような。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
次から次へと、意外な事件の連続と、それにも増して奇怪な事実の発見に依って、居合せた刑事連は、ひとしく驚愕きょうがくまなこみはった。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
諸君しよくん御經驗ごけいけんであらうが此樣こんときにはとてもねむられるものではない、いらだてばいらだほどまなこえてむねにはさま/″\の妄想もうざう往來わうらいする。
朝起きると、父は蒼ざめながらも、まなこだけます/\鋭くなつた顔を、曇らせながら、黙々として出て行つた。玄関へ送つて出る瑠璃子も
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
門野かどの寐惚ねぼまなここすりながら、雨戸あまどけにた時、代助ははつとして、此仮睡うたゝねからめた。世界の半面はもう赤いあらはれてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それからまた放心したやうなまなこをした。だが何か、言ふべきことがあるやうな気がした。尠くとも考ふべきことがあると思つた。
青年青木三造 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
しかも、あゝ! あまりに無感覚な、男性的の興奮を知らぬ、燐のやうに冷い、薄暮の空のやうに深いまなこを有つた敵ではないか!
美しき敵 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
「果しまなこになると、お前でも少しは怖いよ。次第によつては、達引たてひいてやらないものでもないが、一體いくらぐらゐ欲しいんだ」
けば/\しい馬鹿げたころもを身にまとひ、鈴附きのつの形帽子を戴いて、台石のもとにうづくまり、涙に満ちたまなこで永遠の女神を見上げてゐる。
着物は——中田の朦朧もうろうとしたまなこには、黒っぽい盲縞めくらじまのように思えたが、それが又、あたりの荒廃色と、妙に和合するのであった。
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
とこのまなこから張り切りょうずる涙を押えて……おおおれは今泣いてはいぬぞ、忍藻……おれも武士もののふの妻あだに夫を励まし、むこいたぞ。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
先ほどからへさきへ出て、やや呑み過ごした酔心地えいごこちもいわれぬ川風に吹払わせていた二人の門人種員たねかず仙果せんかは覚えず羨望せんぼうまなこを見張って
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
我はエレットラとその多くのともをみき、その中に我はエットル、エーネア、物具ものゝぐ身につけまなこ鷹の如きチェーザレを認めぬ 一二一—一二三
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
見知らぬ異国へでも、彷徨さまよい込んだような気持がして、寝呆ねぼまなこでぼんやりと、ほのおみつめているうちに、ハッとして私は跳ね起きました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
今まで如何なる問に合てもよどみ無く充分の返事を与えたる倉子なるに此問には少し困りし如くたちまち顔に紅を添えことに其まなこまで迷い出せり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
昨夜ゆうべよりも一層やつれている。色情狂じみたまなこの光! ふとその眼で認めたのは、衣裳乱れた若い女! 死んだように動かない一人の娘!
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
喰はせろ用捨する奴は同罪なるぞときよろつくまなこと共に下知し既に水責に及んとする處に九助は豫て覺悟の事なれば是御役人樣先々拷問がうもん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
見事にすこやかに生い立つべき種を消ゆる事なくまなこにはよう見えぬ土に蒔いたと申す事はわしを安らかに、御国へ行かせる——
胚胎 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
まなこを転じて巣林子に次ぎて起れる戯曲界の相続者を見れば、題目として取るところ、平民社界の或一種の馳求ちきうを充たすものあるを見るべし。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
斯う丑松は猜疑深うたがひぶかく推量して、何となく油断がならないやうに思ふのであつた。不安な丑松のまなこには種々さま/″\な心配の種が映つて来たのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
黄金丸がつけし、まなこの光に恐れけん、その矢もはなたで、あわただしく枝に走り昇り、こずえ伝ひに木隠こがくれて、忽ち姿は見えずなりぬ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
獨りごちつゝ首傾けて暫し思案のさまなりしが、忽ち眉揚まゆあがまなこするどく『さては』とばかり、面色めんしよく見る/\變りて握り詰めし拳ぶる/\と震ひぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
あゝ、おれいままでにこひをしたか? やい、まなこよ、せなんだと誓言せいごんせい! 今夜こんやといふ今夜こんやまでは、まこと美人びじんをばなんだわい。
抽斎がのち劇を愛するに至ったのは、当時の人のまなこよりれば、一の癖好へきこうであった。どうらくであった。ただに当時においてしかるのみではない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この時貫一は始めて満枝のおもてまなこを移せり。ももこびを含みてみむかへし彼のまなじりは、いまだ言はずして既にその言はんとせるなかばをば語尽かたりつくしたるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「どんなものか、一つ其の妖怪ばけものに逢ってみたいものじゃないかと」、権八は云いだした。平太郎も好奇ものずきらしいまなこを輝かした。
魔王物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
些々ささたる地位の利害にまなこをおおわれて事物の判断を誤り、現在の得失に終身の力を用いて、永遠重大の喜憂をかえりみざるによりて然るのみ。
学者安心論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
あたかも自分のまなこでは自分の眼が見えぬがごとく、また自分の力で自分を上げることはできませぬがごとく、心で心を知ることはできませぬ。
妖怪談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
目から、そうして乳房を通って、道弥のふたつのまなこは怪しくおののき輝き乍ら、乳房の下のほのかなふくらみにそそがれた。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
妙念は鬼女の顕われしころより再び※然そうぜんとしてたましいうつけ、依志子が最後の悶叫もんきょうをも耳に入らざるさまにて、まなこのいろえりたるがごとく
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
某富豪は某伯の子息の養父にて、某侯の子息のさいも某富豪のむすめと暗に指を折りつつ、早くもそこここと配れるまなこ片岡かたおか陸軍中将の家に注ぎぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「身長を?」真斎はさすがに驚いてまなこみはったが、ここで三人は、かつて覚えたことのない亢奮にせり上げられてしまった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
獅子鼻で、ドングリまなこで、醜男そのものだけれども、私はしかし、どういうせいか、それが初めから気にかからなかった。
青鬼の褌を洗う女 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その面上にははや不快の雲は名残なごり無く吹きはらわれて、そのまなこは晴やかにんで見えた。この僅少わずかの間に主人はその心のかたむきを一転したと見えた。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
冷えしまなこに水せき込みて、覗へば覗ふほど。我に利なきの戦いは、持長守久の外なしと。疑ひのほぞさし堅めて、手をこまねき眼をつぶりたる一郎の。
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
また彼の音楽を聞く人々をも彼の内部の幻視ヴィジョンの中に——肉体でもあれば同時に精神でもあるところの、あのまなこなき幻視ヴィジョンの中に——引きずり込んだ。
娘が疲れてんやりした顔付きで次の間で帯を解いてゐると、弟共が物音で寝床から起きて来た。ぼけまなこで姉を取囲みながら、何か尋ねてゐる。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
即ち一つのまなこ——美が初めて自己を認める調和の源……それ等のものをば、自然は彼の内心の光のうちに発見したのだ。
その淫蕩みだらがましいまなこが生き返つて爛々と輝やき出したかと思ふと、忽ちのあひだに、黒いごはごはした口髭が現はれて
其からは落第の恥辱をすすがねばかぬと発奮し、切歯せっしして、扼腕やくわんして、はたまなこになって、又鵜の真似を継続してった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)