田螺たにし)” の例文
福松は田螺たにしのやうに口をつぐみます。二十四といふにしては若々しく、泳ぎの名人といふよりは、手踊の一つもやりさうな人柄です。
汲みあげられた畑の泥の中には、小鮒がぴちぴち動き、隅の方の泥のよどんだところには、もう田螺たにしがそろそろと這い出していた。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それは今でも明記して居る人が有らうが、「たんたん、たん/\、田の中で……」といふ謡で、「おッかあも……田螺たにしも呆れて蓋をする」
震は亨る (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
しばらくして川底の哲学者、田螺たにし犬儒先生、自分の住まいを身体にひっつけたままノロリノロリと虜になった市長のところにやって来た。
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
先祖以来、田螺たにしつッつくにきたえた口も、さて、がっくりと参ったわ。おかげで舌の根がゆるんだ。しゃくだがよ、振放して素飛すっとばいたまでの事だ。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蝸牛かたつむりも、田螺たにしも食うかと思えば、果実の類はまた最も好むところで、木にじ上ることの技能を兼ねているのはその故である。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「それも、ただしましたところ、馬込の木賃に泊るので、晩の飯の菜に、田螺たにしっているのだ——という返辞にござりました」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主婦の清江は板の間の入口で、明るみの方を向いて坐り、田螺たにしを針でほぜくっている。参右衛門は朝から憂鬱そうに寝室に入って寝てしまう。
時が来ると、田螺たにしも鳴く事を知つてゐる連歌師は、目つかちの殿様が歌をむといつても格別不思議には思はなかつた。
自然薯でも、田螺たにしでも、どじょうでも、終始他人ひとの山林田畑からとって来ては金にえ、めしに換え、酒に換える。門松すらって売ると云う評判がある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
田螺たにしのようにうごめいていたほかの連中もどこにも出現せぬ様子だ。いよいよいけない。もう出るか知らん、五秒過ぎた。まだか知らん、十秒立った。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うららかなはる日永ひながを、あなからひだした田螺たにしがたんぼで晝寢ひるねをしてゐました。それをからすがみつけてやつてました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
「いや、それが、なにも言わない。……口を締めた田螺たにし同様でな、毎度のことながら、手がつけられない」
顎十郎捕物帳:02 稲荷の使 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
主として鳥追いだがそのついで追却ついきゃくしようとしたものに、田螺たにし蝼蛄けらから家々の口争い、女房の小鍋食いまで追払えといっている。陸中紫波しわ郡の小正月の豆蒔きには
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
い人だけにのぼせ上り、ずぶ濡れたるまゝ栄町の宅へ帰り、何うやら斯うやら身体を洗い、着物を着替えたが、たもとからどじょうが飛出したり、髷の間から田螺たにしおっこちたり致しました。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
今日中たれもお前を殺さない処を見ると、きっと田螺たにしか何かで飼って置くつもりだらうから、今までのやうに温和おとなしくして、決して人にさからふな、とな。う云って教へて来たらよからう。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
その日の夕方思い付いて字引でみのむしというのを引いてみると、この虫の別名として「木螺ぼくら」というのがあった。なるほど這って行く様子はいかにも田螺たにしかあるいは寄居虫やどかりに似ている。
小さな出来事 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
水車のわきの小川には、いつも目高魚めだかや、泥鰌どぢやうや、田螺たにしや、小蟹こがにや、海老えびの子などがゐました。私たちはそれを捕つてバケツに入れ、カーン/\の鳴るまで、のんきにそこで遊ぶのでした。
先生と生徒 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
蕎麦に田螺たにし、心太に生玉子、蟹に胡瓜も食べ合せ悪しきもの、家鴨あひるの玉子ととろろを併せ食えば面色めんしょくたちどころに変じて死すと云う。蛸と黒鯛は血を荒すが故に女子の禁物とするものなり。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
向こうの田に田螺たにしを掘っているのであろう、二、三人の女が泥の中に足を突っ込んで腰をかがめている、その光景とその事情とが何だか離すことのできない一つの事実のように考えられて
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
あひだには與吉よきち背負せおつてはやしなかあるいてたけ竿さをつくつたかぎ枯枝かれえだつては麁朶そだたばねるのがつとめであつた。おつぎは麥藁むぎわら田螺たにしのやうなかたちよぢれたかごつくつてそれを與吉よきちたせた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
白日光耀はくじつこうようの下で、形もない鰌の、日のこぼれの、藻屑もくずの、ころころ田螺たにしの、たまには跳ねえび立鬚たてひげまで掬おうとして、笊をかろく、足をあげ、手で鼻をつまみ、振りすて、サッとまた笊を、空へ
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
諏訪すはのうみの田螺たにしを食へばみちのくにをさなかりし日おもほゆるかも
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
おれには 遠くの田螺たにしの鳴声まで かの女の歌声にきこえ
あきらめろと云うが (新字新仮名) / 竹内浩三(著)
どうも、僕の前世は田圃の蛙か田螺たにしであったらしい。
雨の日 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
田螺たにし 七五・七七 一九・一〇 〇・五五 四・五九
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「お前さんの大好物の、田螺たにし味噌みそあへだけど。」
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
「少し手がかりがついた。田螺たにしだよ、あれは」
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
田螺たにし鳴き亀鳴く頃は草若み 同
俳句上の京と江戸 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
田螺たにしを拾つて喰つてゐると
都会と田園 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
福松は田螺たにしのように口をつぐみます。二十四というにしては若々しく、泳ぎの名人というよりは、手踊の一つもやりそうな人柄です。
先祖以来、田螺たにしつっつくにきたへた口も、さて、がつくりと参つたわ。おかげしたの根がゆるんだ。しゃくだがよ、振放ふりはなして素飛すっとばいたまでの事だ。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
なお、田螺たにしりつけて旅先で用うれば水あたりのうれいがない。笠の下へ桃の葉をしいてかぶれば日射病にかからない。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
めだかを瓶の中に飼うたり、田螺たにしを釣ったりした六つ七つの時が恋しい。どじょうが土の底から首を出した。源五郎虫が水の中でキリキリ舞いをしている。
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
「いたいよう。ごめんなさいよう」とあげる田螺たにし悲鳴ひめい。それをやぶにゐた四十からがききつけて
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
今日中たれもお前を殺さない処を見ると、きっと田螺たにしか何かでって置くつもりだろうから、今までのように温和おとなしくして、決して人にさからうな、とな。う云って教えて来たらよかろう。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
倭名鈔わみょうしょう』には都比(ツビ)に甲蠃子、または海蠃をて、是を螺類つびるいの総名のごとく解しているために、田螺たにしのツブまたは栄螺さざえのツボ焼きなどと、結びつけて考えようとする人もあるが
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この胆吹山へ突入までの石田村の田圃たんぼの中で、衣裳葛籠いしょうつづらい出して、田螺たにしに驚いて蓋をさせたあの場を、どうして、どういうふうにのがれ出して、この胆吹山まで転向突入するまでに立至ったのか
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
観音の甍ながめて帰るころ早や夕明る田螺たにしがころころ
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
しのびも泥の中なる田螺たにし
自選 荷風百句 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
田螺たにしはお家を 負ひあるく
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
恐ろしい饒舌おしゃべりに似ず、急に田螺たにしのように黙りこんでしまいます。この上聴いたところで、もう大した収穫もありそうにも思われません。
悪人の娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「こちらの殿様が、来いと仰っしゃるので、途中からお供して来た者でございます。田圃たんぼで採った田螺たにしを煮て、それを菜に喰べようと思いますので」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふともみはかまのように見えたのも稀有けうであった、が、その下ななめに、草堤くさどてを、田螺たにしが二つ並んで、日中ひなかあぜうつりをしているような人影を見おろすと
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蟹は穴の脇でしきって土を食べている。田螺たにしは泥の中深く埋って、犬儒派の哲学者のようにすましている。藻草も、岸辺の葦も沈黙のまま美しい線を空間に画いて立っている。
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
うらがなし、田螺たにしころころ
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
田甫たんぼの 田螺たにし
朝おき雀 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
からす田螺たにし
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
お藤は大したやつれもなく、母親に何かと口説くどかれておりますが、美しい顔を俯向うつむけて田螺たにしのごとくくちを閉じている様子です。
何だ、その女に対して、隠元、田螺たにしの分際で、薄汚い。いろも、亭主も、心中も、殺すも、いかすもあるものか。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)