きつね)” の例文
なんだ、またこれをつてかへるほどなら、たれいのちがけにつて、這麼こんなものをこしらへやう。……たぶらかしやあがつたな! 山猫やまねこめ、きつねめ、野狸のだぬきめ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ですからなるべくきつねのことなど樺の木のことなど考へたくないと思ったのでしたがどうしてもそれがおもへて仕方ありませんでした。
土神と狐 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
「でも、もう三年になりますよ、家なんかがあるのでしょうか、私たちはきつねが怖いのですから、夜なんか通ったことがありませんが」
草藪の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
仕方がないので、庄兵衛氏は、捜索をあきらめ、再び自邸に向って車を走らせたが、考えて見ると、何とやらきつねにつままれた感じだ。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「おまえきつねであろうとなんであろうと、子供こどものためにも、せめてこの子が十になるまででも、もとのようにいっしょにいてくれないか。」
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
尤も、第二百三十段を見ると、きつねが化け得ることを認めているようであるが、これは当時の科学知識の水準から考えて当然の事である。
徒然草の鑑賞 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
河童のほかにきつねあるいは野狐の迷信も九州各所にあるが、略することにし、余が旅行中見聞せしマジナイを列挙してみたいと思う。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
ほんとうにげんげをみにて、ひとがありませうか。きつねにでもつまゝれなければ、さういふことをするはずがありません。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
それから、しろきつね姿すがたをあらはした置物おきものいてありました。その白狐しろぎつねはあたりまへのきつねでなくて、寶珠はうじゆたまくちにくはへてました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ラ・フォンテーヌの物語にあるからす(コルボー)ときつね(ルナール)との名前である。いかにも法曹界ほうそうかい冷笑ひやかしの種となるに適していた。
更に地球物理学者にきくと、地球の形は、それらのいずれでもないので、「きつねの色が狐色である如く、地球の形は地球形である」
地球の円い話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
鶯色うぐいすいろのコートに、お定りのきつね襟巻えりまきをして、真赤まっかなハンドバッグをクリーム色の手袋のはまった優雅な両手でジッと押さえていた。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
やがて正気しょうきかえってから、これはきっと神様が意見をして下さるのか、それともきつねたぬきかされたのか、どちらかだろうと思いました。
泥坊 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
おさよのおさまりように胆をつぶし、きつねにつままれたような心持で、家主喜左衛門と鍛冶富が帰っていったあとの、化物屋敷の奥の一間。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
真面目まじめ会話はなしをしている時に、子供心にも、きつねにつままれたのではないかと、ふと、老媼おばあさんをあきれて見詰めることがあった。
家人は私が、まさしくきつねに化かされたのだと言った。狐に化かされるという状態は、つまり心理学者のいう三半規管の疾病であるのだろう。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
或る婦人団体の幹事さんたちがきつね襟巻えりまきをして、貧民窟の視察に行って問題を起した事があったでしょう? 気を附けなければいけません。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
そして、太鼓まんじゅうと、きつねまんじゅうと、どら焼きを買って帰る、丁稚でっち小僧と花合せをして遊ぶ、時々父は私を彼が妾宅しょうたくへ連れて行く。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
顔がきつねのやうで、わにみたいなどうたいをした、まつ黄色な、きたならしい犬で、そつくりかへつた、へんに大きなしつぽをしよつてゐます。
小犬 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
きつねしたは小さいので、ぺろりとなめてもわずかなことです。しかし、ぺろりぺろりがなんどもかさなれば、一ごうあぶらもなくなってしまいます。
狐のつかい (新字新仮名) / 新美南吉(著)
袖無の裏から、もじゃもじゃしたきつねの皮がみ出している。これは支那へ行った友人の贈り物として君が大事の袖無である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宗門のうちにての事をば残さず申しさずけんとて、まことに焼けねずみにつけるきつねのごとくおどり上がりはしりつつ色をかえ品をかえて馳走ちそうなり。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
きつね獅子しし。一四八四年版。William Caxton 印行本、第四巻。原寸大。British Museum 蔵。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
きつねのごとき怜悧れいりな本能で自分を救おうとすることにのみ急でないかぎり、自分の心の興奮をまで、一定のらち内に慎ませておけるものであろうか。
片信 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
きつねおおかみや角のある家畜、鋭い歯牙しがをもった動物や非凡な胃袋をもった動物、食うためにできてる動物や食われるためにできてる動物、それらが
それ故に或画に賛をする時にはその賛とその画と重複しては面白くない。例へばきつね公達きんだちに化けて居る画が画いてある上に
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
昔からきつね色に焼くのを最上としておったようだが、ところどころ濃く、ところどころ狐色に丁度鼈甲べっこうを思わせるように焼くのが理想的である。
雑煮 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
狩衣かりぎぬ姿の男がそっとはいって来て、柔らかな調子でものを言うのであったから、あるいはきつねか何かではないかと思ったが、惟光が近づいて行って
源氏物語:15 蓬生 (新字新仮名) / 紫式部(著)
余り意外だったので、きつねつままれたような心地がしてしばらく離れて立って見ていると、紅葉はっと顧盻ふりむいて気が付いたと見えてニッと微笑した。
あいちやんは宛然まるできつねつままれたやうながしました。帽子屋ばうしやつたことなになんだかわけわかりませんでした、しかしそれはそれでもたしかに英語えいごでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
ただ、いちばんおしまいに来たのだけは、ふるとのさまのおきつねとそっくり、九尾きゅうびきつねでした。やもめさんはこれを聞くと大喜びで、猫に言いました
私はきつねにつままれたように、ポカンとしたきり、何を尋ねていいのやらかいくれ見当が付かなくなってしまいました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
死の一歩手前まで、い詰められたような私の気持とは、およそ、似ても似つかぬ長閑のどかさであった。きつねにつままれたような顔をして、家へ辿たどりついて
雷嫌いの話 (新字新仮名) / 橘外男(著)
なんてまあ、いいだらう」と、それをだい一につけたねこうらやましさうに、まづめました。いぬきつね野鼠のねづみも、みな
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
がおきあがると、お母さんたちにないしよで、そつと森にはいつて、小さな小屋や、きつねの穴をさがしてみました。
幸坊の猫と鶏 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
可笑おかしいのは、池の端へ越した爺いさんの身の上で、これも渡世に追われていたのが、急に楽になり過ぎて、自分でもきつねつままれたようだと思っている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
まるでわなにかかったきつねでも見るように、男も女も折り重なって、憎さげに顔を覗きこもうとするのでございます。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
種員はつい去年の今頃までは待乳山まつちやまの茂りを向うに見て、崩れかかった土塀の中には昼間でもきつねが鳴いているといわれた小出伊勢守様こいでいせのかみさま御下屋敷おしもやしき
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は、後ろを振り向いた、きつねのように幾度も幾度も振り向いた、桟橋は黒く、まっ暗であった。本船の碇泊燈ていはくとうが、後ろに寒そうに悲しくまたたいていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
その時の私の驚きようったら、きつねつままれたということがあるが、ほんとにそうでないかしらとさえ思いました。
たかだのきつねだのたぬきだのいるところを通って、猿が歯をむいたり赤い尻を振り立てているところを抜けて、北極熊や北海道の大きな熊のいるところを通った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
北は荒川から南は玉川まで、うそもない一面の青舞台で、草の楽屋に虫の下方したかた,尾花の招引まねぎにつれられて寄り来る客はきつねか、鹿しかか、またはうさぎか、野馬ばかり。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
へびが出る、きつねが出る、うざぎが出る、私の家のまわりにも秋の草が一面に咲き乱れていて、姉と一緒にざるを持って花を摘みに行ったことをかすかに記憶している。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
餘り其處そこらが奇麗なので、自分は始、狐にばかされてゐるのでは無いかと思ツたけれども自分は、夢を見てゐるのでも無ければきつねばかされてゐるのでも無い。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
それは多くきつねを材料にしたもので父の実験したものか、または村の誰彼が実験したもののようにして話すので、ただの昔話でないように受取ることも出来る。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
寒いときには、彼は毛皮の帽子をかぶり、その上にきつね尻尾しっぽをなびかせているので、すぐに見分けがついた。
なあんだ馬鹿らしい! こんなところか、何も変ったことはないじゃないか——と言いたげな、きつねにつままれたような、だからちょっと不服らしい顔つきだ。
しかし近頃ちかごろきつね毛皮けがは帽子ぼうし首卷くびまきなどがつくられます。米國べいこくから移入いにゆうして飼養しようされてゐるものもあります。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
「さあ何んでござろうの」剣術使いの佐伯聞太ぶんたは、大刀を膝の辺へ引き付けながら、「鉢伏山はちぶせやまからきつねめが春の月夜に浮かされてやって来たのでもござろうか」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
柳町は丙午の火事に焼けなかった一画から、さらに二町ほどはなれたところにあり、うしろの林は稲荷いなり山まで続いていて、きつねのなき声がしばしば聞えるという。
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)