ねん)” の例文
其処で余は主人の注意に従ひ、歌志内に廻はることにめて、次の汽車まで二時間以上を、三浦屋の二階で独りポツねんと待つこととなつた。
空知川の岸辺 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
一陽はさちなき人の上にもきたかえると聞く。願くは願くはと小野さんは日頃に念じていた。——知らぬ甲野さんはぽつねんとして机に向っている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
道庵は例の通り手錠のままでつくねんと坐っていましたが、米友に向って、暇ならば日本橋まで使に行って来てくれないかということでありました。
私は其左寄りの棚の背後の帳場机の前に、棚の蔭に半身をかくすやうにしてぽつねんと坐つて居るのであつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
置き捨てられた日吉は、ちょっとぽつねんとして、尾濃びのうの平野に暮れてゆく雲を見ていたが、やがて土塀口からはいりこんで、加藤家の台所の外にたたずんでいた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主人は火の気の無い部屋につくねんと座つて居た。遠くの方からは電車の異様の響と人々のざはめきが込み合つて聞えて来て、雨の午後の日は陰気に暮れて入つた。
若芽 (新字旧仮名) / 島田清次郎(著)
(『維摩経ゆいまきょう』に曰く、「もし生死しょうじしょうを見れば、すなわち生死なし。ばくなくなく、ねんせずめっせず」と)
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
そう云う風な遊びが凡そ一と月も続いた或る日のこと、例の如く塙の家へ行って見ると、信一は歯医者へ行って留守だとかで、仙吉が一人手持無沙汰でぽつねんとしている。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
授業はひと通り済んだが、まだ帰れない、三時までぽつねんとして待ってなくてはならん。三時になると、受持級の生徒が自分の教室を掃除そうじして報知しらせにくるから検分をするんだそうだ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見るとそこには、浜田が独りぽつねんとしてころんでいるではありませんか!
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
次郎は、ちょこねんと、月江の前にかしこまって
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高柳君は雑誌を開いたまま、茫然ぼうぜんとして眼をげた。正面の柱にかかっている、八角時計がぼうんと一時を打つ。柱の下の椅子いすにぽつねんと腰を掛けていた小女郎こじょろうが時計の音と共に立ち上がった。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)