暁方あけがた)” の例文
旧字:曉方
暁方あけがた目を覚すと霧が間近の木から木へ鼠色の幕を張り渡していた。夜中に焚火の煙だと思ったのは矢張やはりこの霧であったかも知れない。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
暁方あけがたの眠りを覚す暁の驟雨しゅううは何だか木の葉を吹き散す嵐の様に思われたりするので、何だか物淋しく、その音に聴き入るのである。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
暁方あけがた近くなって、お絹をはじめ踊りに出た連中が帰って見た時分には、土蔵も、本宅も、物置のたぐいも、すっかり焼け落ちていました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
暁方あけがた近くなると、出入りのとびの者や、近所の百姓衆も来てくれましたが、床板をぐように探しても富太郎が見えないのですから
テントの外に立つ歩哨ほしょうは一時間交代で、私の番は暁方あけがたの四時から五時までだったから、それまでゆっくり睡眠がとれるわけだった。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それが済んだら、各人、剣を執ってわしの座敷へ集れ、酒の支度をしてナ、今夜は徹宵痛飲てっしょうつういん、無礼講に語り且つ呑んで暁方あけがたを待とう
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あれはもう東のしら暁方あけがた頃でございましたろうか、……旦那様、手前、文麻呂様があの鹿ししたににあるお母上様の御墓所の近くに
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
そこへの悲報じゃ、夫人おくがたのお驚き、又、百姓町人共のいかり方、この暁方あけがたへかけての騒ぎは、貴様たちに、見せてやりたいくらいなものじゃ
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暁方あけがたまで読んだところが、あしたの事業にさまたげがあるというので、その本をば机の上にほうはなしにしてとこについて自分は寝入ってしまった。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
汽車はしばらく停つてゐたが、暁方あけがたになつて出ると、間もなく飛ぶやうに走る。と、森の中のステーションへ来て停つたまゝ、なか/\出ない。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
彼はいつものやうに、暁方あけがたぎからうと/\と重苦しい眠りにはひつて、十時少し前に気色のわるい寝床を出たのであつた。
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
明治三十年三月十五日の暁方あけがたに、吉原なかちょうの引手茶屋桐半の裏手から出火して、廓内かくない百六十戸ほどを焼いたことがある。
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
西村電機商会主西村陽吉が変死を遂げてから二日目の朝、暁方あけがたからどんよりと曇っていた空は十時ごろになると粉雪をちらちら降らしはじめた。
五階の窓:04 合作の四 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
去年の春の頃から白城の刎橋の上に、暁方あけがたの武者の影が見えなくなった。夕暮の蹄の音も野にせまる黒きもののうちに吸い取られてか、聞えなくなった。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
暁方あけがた近く屠者はでっかい庖丁ほうちょうぎ、北のかた同道でやって来て箱の戸を明け、「灰色の坊様出てきやれ、今日こそお前の腸を舌鼓打って賞翫しょう」
ふと眼をさます暁方あけがたも、または、アヴェ・マリヤの鐘の音に、静かに暮れてゆく夕方も、今、眼を閉じて想えば、涙の滲むほど、なつかしくはあるが。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
あの晩、風が止んだのが暁方あけがたの三時で、姿が見えないと騒ぎだしたのは、たしか六時十五分前頃だったでしょう。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
風が少しずつ静かになっていって薄明るい暁方あけがたの光が、泥壁の破れめからしこんできても、鷲尾は坐ったまま、まだあらぬところを凝視みつめていた。——
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
竹田は今更茶でもないので、枕頭まくらもとに坐つて看病してゐると、暁方あけがたに広樹は重さうな頭をもち上げて竹田を見た。
早速それをたたいたり引っぱったりして、丁度自分の足に合ふやうにこしらへ直し、にたにた笑ひながら足にはめ、その晩一ばん中歩きまはり、暁方あけがたになってから
蛙のゴム靴 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
朝、洗面所で麻川氏にう。「僕、昨夜、向日葵ひまわりの夢を見ました。暁方あけがたまでずっと見つづけましたよ。」と冷水につけた手で顔をごしごしこすながら氏は私に云う。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その一方には、私の父に金を借りたばかりに、娘を女郎に売った奴もあれば、首をくくって死んだ奴もあります。いいえ、ほんとですとも。冬の寒い暁方あけがたでした。
遺産 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
その日も何心なにごころなく一皿のうち少しばかり食べしがやがて二日目の暁方あけがた突然はらわたしぼらるるが如きいたみに目ざむるや、それよりは明放あけはなるるころまで幾度いくたびとなくかわやに走りき。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
暁方あけがた近くになっておびただしい流星があり、そのうちの若干いくばくかはたしかに地上まで達したのを見届けたのだから、三日と八日の件は、隕石の仕業だと確信しておったのだ。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼女が芝居見物の日は、前の晩から家中の奥のものは徹宵てっしょうする。暁方あけがたに髪を結ってお風呂にはいる。髪結は前夜から泊りきりで、二人の女中が後から燈をもっている。
……一方に柳仙夫婦の一軒屋へ生蕃小僧が忍び入って、夫婦と女中の三人を惨殺し、家中うちじゅうを引掻きまわして逃げて行ったのは、ちょうどその暁方あけがたの事だったそうです。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
暁方あけがたの三時からゆるい陣痛が起り出して不安が家中にひろがったのは今から思うと七年前の事だ。それは吹雪ふぶきも吹雪、北海道ですら、滅多めったにはないひどい吹雪の日だった。
小さき者へ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
夜の暁方あけがたなどに意識の未だ清明せいめいにならぬ状態で、父の死は夢か何かではなからうかなどと思つたこともある。しかし目の覚めて居るときには、いろいろと父の事を追慕した。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
麹屋の亭主は大勢の人を頼んで恐々こわ/″\ながら交遊庵に参ったのは丁度暁方あけがた、参って見ると戸が半ば明いて居ります、何事か分りません、小座敷にはさけさかなちらかって居り
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あわれ、その胸にかけたる繃帯は、ほぐれて靉靆たなびいて、一朶いちだの細き霞の布、暁方あけがたの雨上りに、きずはいえていたお夏と放れて、眠れるごとき姿を残して、揺曳ようえいして、空に消えた。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ところがやっと暁方あけがたに至って、とうとう、遺書の中から、確実な証拠を握るに至ったよ。
闘争 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
天保てんぱう八年丁酉ひのととりとし二月十九日の暁方あけがた七つどきに、大阪西町奉行所にしまちぶぎやうしよの門をたゝくものがある。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
暁方あけがたから今日の観劇をたのしみに、重詰じゅうづめを持たせて家を出るのは山の手の芝居ずきだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
もがいても駄目なら忍耐こらえても駄目だよ。どうせはそこへ落ち込むんだから。みんなの男がそうであったように。でも暁方あけがたの鐘が鳴ったら、あるいはそうでなくなるかもしれない。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それから枕もとの時計を手にとりました。暁方あけがたの三時でした。——一体、私の妻は、こんな暁方の三時なんて云う時間にこんな田舎道に出かけていって何をしようと云うのでしょう?
黄色な顔 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
夏の夜だというのに、ひどくひやっとする風が吹いて来た。もう、暁方あけがたが近いらしい。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
ドーブレクの生活はすこぶる規律的で、ただ警官の張込をといた暁方あけがたに二三の来客があるばかりであった。そこで日中は二名の部下を見張らせ夜中はルパン自身で監視する事にした。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
暁方あけがた、部隊長室から呼びに来た。跫音あしおとが階段を登り網扉あみとびらを叩く前に、落葉のみちを踏んで来る靴の気配で、彼は既に浅い眠りから浮上するようにして覚めていた。当番兵の佐伯の声である。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
黙っていられず、自分も早速さっそくくやみに行った、そして段々だんだん聴いてみると、急病といっても二三日ぜんからわるかったそうだが、とうとう今朝けさ暁方あけがたに、息を引取ひきとったとの事、自分がその姿を見たのも
闥の響 (新字新仮名) / 北村四海(著)
「じゃァよしておくがいい、お前も顔色がよくないぜ。無理をして病気にでもなると困るからな」浅田は妻が昨夜から暁方あけがたにかけて、二三度冷蔵庫へ氷を取りにいったのを、薄々覚えている。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
キヤバレエには伊太利イタリイ人の音楽や踊子のをどりがあり、又気取つた風をした即興詩人が二三人も居て当意即妙の新作を歌ふ。其れから客と美しい女連をんなれんとのダンス暁方あけがたまで続くのである。(五月二日)
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ようやくそのころに、延焼の怖れはもうなかろうと思い出したのである。しかし煙はまだ依然として立ちのぼっている。全然安心したのは、火の色がどこにも見えなくなった暁方あけがたの四時ごろである。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
二十四日の暁方あけがた、火を城に放つと共に勝家始め男女三十九人、一堂に自害して、煙の中に亡び果てた。勝家年五十四である。お市の方は、生涯のうち二度落城の悲惨事に会った不幸な戦国女性である。
賤ヶ岳合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
生き長らえて夫の後世を祈るのが誠の道であるからと教えさとしたので、それならさまを変えさせて戴きますと、緑の髪をり落し、墨染の衣を着て、よもすがら念佛をとなえていたが、明くる日の暁方あけがた
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
夜の十二時が交代で、宵の口に廻っても暁方あけがたに廻っても、私は両隣りの大佐と共に閣下の相棒だった。皆が閣下と呼ぶし、閣下もそれに異存はないようだったから、私もこの老人を閣下々々と呼んだ。
閣下 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
引き潮に押されて彼等が東京湾へ出たのは暁方あけがたちかい頃であつた。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
暁方あけがたわずかに心持ち冷えるかと思われるだけであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
丘は今安らかな暁方あけがたの眠りを求める
埋れた幻想 (新字新仮名) / 今野大力(著)
今朝も暁方あけがたに帰って来て、物置の梯子はしごから屋根へ飛び付き、格子を外してそっと入った事を話してしまった方がよくはありませんか
この暁方あけがた、清洲の城を出た時は、主従のわずか、六、七であったものが、今ここでえっすれば、約三千に近い兵が数えられた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)