ばち)” の例文
と、ばちをあわせながら、与吉、気が気でない。その左膳のうしろに、あのチョビ安の小僧が、お小姓然と、ちゃんと控えているんで。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
太鼓たいこをうつばちという棒がある。その撥には、いろいろな種類があるが、棒のさきに丸い玉のついた撥があるのをごぞんじであろう。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それは、芝山内しばさんないの、紅葉館こうようかんに、漆黒の髪をもって、ばちの音に非凡なえを見せていた、三味線のうまい京都生れのお鹿しかさんだった。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
お君はこう言ってその扇子を取り直すと、ばちのつもりに取りなして、左の手で三味線を抱えるこなしをして、口三味線でうたいはじめ
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
検校はばちをとつて一寸威儀をつくろつた。富尾木氏は「さあ」と言つて、白い巻煙草のけむの中で眩しさうに眼を細めてゐたが、暫くすると
「まあ、この子!」年増はいきなり女の子の背をばちでついた。女の子は足駄あしだをころばすと、よろよろして、見ていた人の足元にのめった。
雪の夜 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
永年にわたる松のこしらえはどの松を見ても、えだをためさればちからみ竹をはさみこんで、苦しげにしかし亭亭ていていとしてそびえていた。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ばちに死力をこめて打つのでなければ、味方の武者たちの足なみを、一歩一歩、敵へ向って押遣ることはできないといわれている。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ええ、無論そのばち形の刃先に着いていた砂は、顕微鏡検査に依って、貴方あなた仰有おっしゃった通り、あちらの屍体の傷口の砂と完全に一致しました。
気狂い機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
音色は緩やかな平和な調べをようやくに強め、ばちの音が水を切るように聞えたとき、極めて柔しい小鼓こつづみの音が、三絃の調べにからみ合った。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
日はそのうすい手のひらのばちだこのある小指の肉を傘の紙ほどに赤く透して、暗くかげっている顔が日のあたっているあごの先よりも一層白い。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
三味線を弾いているのは、女の豊沢玉輝とよざわたまき。金五郎や新之助の師匠である豊沢団助だんすけの未亡人、そのばちの冴えも、あざやかだった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
場所は市内の不動堂境内にある。櫓には型の如くばち音爽かに、天下泰平、国土安穏の祈りを赤城山の峯の雪に轟かして居る。
相撲の稽古 (新字旧仮名) / 岡本一平(著)
やがて皮削かわそ庖丁ぼうちょうや縫針で、胼胝たこの出来た手で、鼓や太鼓のばちをもち、踊りも、梅にも春や藤娘、お座敷を間に合わせるくらいに仕込まれた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
……なにかきかけていたと見えて、三味線を膝へひきつけ、手にこうばちを持ったまま、長火鉢にもたれて、それこそ、眠るように死んでいました
顎十郎捕物帳:06 三人目 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
足で胡弓を弾くかと思うと、口で太鼓のばちをくわえ、太鼓を打つのでございますからな。その間に片手で三味線を弾き、片手でかねを打つんでさあ。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
客「おとぼけでない、唄ったよ、お前がばちを持って、花魁の三味線でお前が変な声を出して唄ったという噂が残ってるよ」
「ほほ、随分なことを云う。なんぼあたしだって、ばちの代りに十手を持っちゃあ、あんまり色消しじゃありませんか」
半七捕物帳:22 筆屋の娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すると、応と答えた横蔵が、ばちを取り上げ、太鼓を連打すると、軍船を囲んだ小舟からは異様な喚声があがり、振り注ぐ火箭ひやが花火のように見えた。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
浄瑠璃じょうるりは唄じゃあねえ三味線だ、浄瑠璃を活かすも殺すも、三味線のばちさばきひとつに、かかってるんだ、いまの豊後大掾ぶんごたいじょうだなんていばっていたって
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
三味線とは言っても、実はこの草の三角形をした種実が、この楽器を弾くばちのかっこうに似ていたからの名である。
何の男のようでもない。のッそりの蝦夷アイヌなんか、私は何とも思わない。悪く形でもあらわして見たがい。象牙のばちがあるものを、はたき殺しても事は済む。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
挿絵をみると主人公の太鼓手はばちをあげて胸にかけた太鼓をうちながら後れる味方をしりめにかけて進んでゆく。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
それは、象牙木地は大部分は三味線のばちに取って、その後の三角木地を根附師が使ったものであるからである。
「お前さんは、そう言ったでしょう。呉服屋の番頭だと言った山之助さんの手に、ばちだこのあるのは変だって」
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
凍った大地が適当なばちで掻きならされたらこのような音を立てるだろうと思われる、まさしくウォールデン森の「地面のひびき」であり、やがてわたしは
よこゑた太鼓たいこ兩手りやうてつた二ほんばち兩方りやうはうから交互かうごつて悠長いうちやうにぶひゞきてた。ばちあはせる一どうこゑしなびてせたのどからにごつたこゑであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
翁が立寄って指の先でばちを作って打ち方を指導していた姿が、何ともいえず神々しかったという逸話もある。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
右の果実はその恰好があたかも三味線のばちに似ている所から、この草をバチグサともペンペングサとも称する。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
両手でばちを持って緩慢な調子でそれを叩く、その踊りも至って緩やかなもので、大体に妻恋う雄鹿が雌鹿を呼ぼうという様な、優美な感じを与えるものだった。
同じ柳派へ出て新内しんないを語っているこのお艶は、たしか自分よりひとつ年下だが、あだな節廻し、ばちさばきが、美しい高座姿とともに今なかなかの人気を呼んでいる。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
女は象牙のばちを糸の上にはしらした。その撥が激しく調子が揚って往くと悲壮な美しさが感じられた。その節まわしは孔生がこれまで聞いたことのないものであった。
嬌娜 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ところで、白い帽子の白詰め襟の老ボーイ、食堂の入口に現れるなり、燦爛さんらんと、さて悲しげに笑ったが、左に銅鑼どら、右にばち、じゃん、じゃららん、らんらんらんらん。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
かき合わせが済んでいよいよ合奏になったが、どれもおもしろく思われた中に、琵琶びわはすぐれた名手であることが思われ、神さびたばち使いで澄み切った音をたてていた。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
三筋の糸を垂直に場面の上から下まで描き、その側に三筋の柳の枝を垂らし、糸の下部に三味線しゃみせんばちを添え、柳の枝には桜の花を三つばかり交えた模様を見たことがある。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
さてもそののち室香むろかはお辰を可愛かわゆしと思うより、じょうには鋭き女の勇気をふり起して昔取ったる三味しゃみばち、再び握っても色里の往来して白痴こけの大尽、なま通人つうじんめらがあい周旋とりもち
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
旅行さきに於いて一かばちかの原稿を書き、それをあつかましいと思はれるほど無理強ひに友人のゐる雜誌社などへ賣り付けるのが常のやうになつてゐて、その友人等はこの手を
泡鳴五部作:01 発展 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
酔いはばちの音に掻き立てられた。はなやかな振り袖着の童女が舞いおさめて、三線は地唄にあわせて鳴りだした。「こりゃ面白い、こりゃア——」と篠崎彦助は立ちあがった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
手慣れの三味しゃみにひと語りかたっているところをでも不意にうしろから襲われたらしく、二三春はばちもろともに太棹ふとざおをしっかりとかかえたまま、前のめりにのめっているのでした。
右門捕物帖:23 幽霊水 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
琴柱ことじにも使われましたが、三絃さんげんの盛んな頃はそれに使うばちの需要がおびただしいのでしたから、撥おとしが根附の材料に多く使われたのですが、低級の人が用いるので、名のある人たちが
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
随一の名妓と唄はれてゐる、富田屋の八千代の住む加賀屋といふ河沿ひの家のあたりは、対岸でも灯の色が殊に鮮かで、調子の高いばちの音も其の辺から流れて来るやうに思はれた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
よく覚わらないのでばちでたたかれました。お稽古けいこの暇には用使いから、お掃除そうじから、使わねば損のように皆が追い使いました。私はいっそ死んでしまおうと思った事もありました。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ばちを上げて太鼓を叩きながら、いつの間にやら、お客様と一緒になって、木馬の首を振る通りに楽隊を合せ、無我夢中で、メリイ、メリイ、ゴー、ラウンドと、彼等の心も廻るのだ。
木馬は廻る (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
はらはらしながら竹二郎が、ばちを合せて行くうちに、一調一高いっちょういっこう、又七の笛は彼の三味を仇敵かたきにしていることが解って来た。そして、満座の中で何度となく彼は糸を切らせられたのである。
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
師匠のおとよは縁日ものの植木鉢を並べ、不動尊ふどうそんの掛物をかけたとこうしろにしてべったりすわったひざの上に三味線しゃみせんをかかえ、かしばちで時々前髪のあたりをかきながら、掛声をかけては弾くと
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は幅の広い象牙のばちで糸を打つ。三味線を引く者も同様な仕掛を使用するが、これ程幅が広くはない。琴を演奏する者は男女六人で、図528のようにならんだが、三人は盲目であった。
うらまれるは覺悟かくごまへおにだともじやだともおもふがようござりますとて、ばちたゝみすこびあがりておもておろせば、なん姿すがたえるかとなぶる、あゝかへつたとえますとて茫然ぼんとしてるに
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
片手に弓形ゆみなりばちを持って繰出くりだして参りまして釈迦堂の前面へ円く列ぶです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
手に三味線とばちをもち、もう、すっかり用意されているのでございます。
京鹿子娘道成寺 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
柳吉は三味線のばちで撲られたあとおさえようともせず、ごろごろしていた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)