おうぎ)” の例文
竹簾たけすだれ、竹皮細工、色染竹文庫、くしおうぎ団扇うちわ竹籠たけかごなどの数々。中でも簾は上等の品になると絹を見るようで、技は昔と変りがない。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
かご川入りをしておうぎ沢から爺(二六六九)の西南に当る棒小屋乗越を越し、棒小屋沢を下って黒部川に落ち合うのも一つの路である。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
神田伯山かんだはくざんおうぎを叩けば聴客『清水しみず治郎長じろちょう』をやれと叫び、さん高座にのぼるや『睨み返し』『鍋焼うどん』を願ひますとの声しきりにかかる。
一夕 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
といって、がって、おうぎをつかいながらいをいました。四天王てんのうこえわせて拍子ひょうしをとりながら、ふしおもしろくうたうたいました。
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
その猿をとうとう得心とくしんさせたのは確かに桃太郎の手腕である。桃太郎は猿を見上げたまま、日の丸のおうぎを使い使いわざと冷かにいい放した。
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が——右手に持った真白な鴕鳥だちょう羽毛はねで作った大きなおうぎがブルブルとふるえながら、その悲痛きわまりない顔を隠してしまった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
金目貫きんめぬき白鮫巻しらさめまきの短いを差し、黒染くろぞめの絹の袖には、白く、三ツおうぎの紋所が抜いてあった。——三ツ扇は誰も知る松平左京之介輝高まつだいらさきょうのすけてるたかの紋だ。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時ふと思いついて、長者ははたとひざを叩きました。また家来けらい達に言いつけて、大きな日の丸のおうぎをこしらえさせました。
雷神の珠 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
五本骨のおうぎ、三百の侯伯こうはくをガッシとおさえ、三つ葉葵ばあおいの金紋六十余州に輝いた、八代吉宗といえば徳川もさかりの絶頂です。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
宇賀の老爺は心持ち背後うしろりかえて、かすれた声を出して今様いまようを唄いました。そして、手にしているおうぎをぱちぱち鳴らして拍子をとりました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
おうぎの影一つ動かない深海の底のような静寂さが、一人一人の左右の鼓膜からシンシンとみ込んで来るのであった。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かれはやせて敏捷びんしょうそうな少年だが、頭はおうぎのように開いてほおが細いので友達はしゃもじというあだ名をつけた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
気のきいた船頭が、幕やとまで囲いをして用をたさせると、まるで、源平両陣から那須与一なすのよいちおうぎまとでも見るように、は入る人が代るたびごとにヤアヤアとはやす。
旧聞日本橋:17 牢屋の原 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
がんじょうそうな小柄な男である。肌脱ぎの中腰になって、体を左右にゆすぶりながら、右の手に持ったおうぎあおるようにしてって、しきりに何やらわめいている。
例えば轆轤ろくろに集中する傘の骨、かなめに向って走るおうぎの骨、中心を有する蜘蛛くもの巣、光を四方へ射出する旭日きょくじつなどから暗示を得た縞模様は「いき」の表現とはならない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
ついでに加えて述べたきことは、与一よいちの場合にも彼がおうぎねらうあいだには、必ず彼の失敗を祈ったものがあったであろう。しかもそれは平家方へいけがたのみでなかったであろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
したがひし式の女官は奥の入口のしきいの上まで出で、右手めてたたみたるおうぎを持ちたるままに直立したる、その姿いといと気高く、鴨居かもい柱をわくにしたる一面の画図に似たりけり。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
おうぎやつ世田せたなどと、鎌倉ではヤツを谷と書くこと年久しく、しかも鎌倉は文化の一中心であったために、諸国に真似をする者が出て今は当然のように考えられているが
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ひざに突いていた黒塗りのおうぎをパチリパチリとやりながら、北山はグングン突っ込んで訊く。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私が海岸からおうぎヶ谷やつへ向う道で非常な馬上美人にったと帰って来て氏に話した。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
母様おっかさんは、町内評判の手かきだったからね、それに大勢居る処だし、祖母おばあさんがまた、ちっと見せたい気もあったかして、書いてお上げなさいよ、と云ってくれたもんだから、おうぎたたんで
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これは房州でも逗子でも昼船で釣るが、面白いのは竿で夜釣りをする方がよい。沼津でも館山でも富津洲でも、横須賀でも、横浜鶴見、品川、大森の岩壁へさへ来る。こいつは月夜の銀のおうぎだ。
夏と魚 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
「なあに、おうぎやつに関の叔父さんの別荘があるんだよ。今日はみんなでそこへ引っ張って来られたんで、御馳走ちそうするって云うんだけれど、窮屈だから飯を喰わずに逃げ出そうと思っているのさ」
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それを知って、よたとん先生の腰の痛みもケロリとなおり、それから二人は引返して、根本中堂こんぽんちゅうどうの方から、おうぎくぼの方を下りにかかるのは、たしかに坂本方面へ向って引返すものに相違ありません。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しゅとお納戸なんどの、二こくの鼻緒はなお草履ぞうりを、うしろ仙蔵せんぞうにそろえさせて、おうぎ朝日あさひけながら、しずかに駕籠かごたおせんは、どこぞ大店おおだな一人娘ひとりむすめでもあるかのように、如何いかにもひんよく落着おちついていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
万歳の春をさし出すおうぎかな 子直
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
行司はたといいかなる時にも、私曲しきょくなげうたねばなりませぬ。一たび二人ふたり竹刀しないあいだへ、おうぎを持って立った上は、天道に従わねばなりませぬ。
三右衛門の罪 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
長者ちょうじゃの方でも一生懸命でした。金の日の丸のおうぎで雷の神を招き落とさなければ、とうていその不思議なたまを手に入れることが出来ないのです。
雷神の珠 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
六郎はじぶんが怪しい女房を刺すとともに、おうぎかなめでもったように主家しゅかの乱脈になったことを考えずにはいられなかった。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それだけでもふしぎなのに、そのちゃがまのもの両方りょうほう唐傘からかさをさしておうぎひらいて、つなの上に両足りょうあしをかけました。
文福茶がま (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
親房ちかふさの第二子顕信あきのぶの子守親もりちか陸奥守むつのかみに任ぜらる……その孫武蔵むさしに住み相模さがみ扇ヶ谷おうぎがやつに転ず、上杉家うえすぎけつかう、上杉家うえすぎけほろぶるにおよびせいおうぎに改め後青木あおきに改む
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
そして、そのときはもう笠も頬かぶりもって、つねの武者烏帽子になっていた。おうぎやつや大宮の遠くには、はや灯が見える。彼は俄に、駒をいそがしかけた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また山水画は『銀世界』及び『狂月望きょうげつぼう』等の絵本において石燕風せきえんふう雄勁ゆうけいなる筆法を示したり。摺物すりものおうぎ地紙じがみ団扇絵うちわえ等に描ける花鳥什器じゅうきの図はその意匠ことに称美すべきものあり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
前座敷の間食卓ビュッフェーにかよふ足やうやう繁くなりたるをりしも、わが前をとほり過ぐるやうにして、小首こくびかたぶけたる顔こなたへふり向け、なかば開けるまひおうぎおとがいのわたりを持たせて
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
土蔵破むすめやぶりで江戸中を騒がし長い草鞋を穿いていたまんじの富五郎という荒事あらごと稼人かせぎて、相州鎌倉はおうぎやつざい刀鍛冶かたなかじ不動坊祐貞ふどうぼうすけさだかたへ押し入って召捕られ、伝馬町へ差立てということになったのが
やがて一行はおうぎ形に開く河口から漠々ばくばくとした水と空間の中へ泳ぎ入った。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
おうぎやつに関の親類が居ると云うのは真っ赤なうそで、長谷の大久保の別荘こそ、熊谷の叔父の家だったのです。いや、そればかりか、私が現に借りているこの離れ座敷も、実は熊谷の世話なのでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「二本目は与一も困るおうぎかな……さあどうだ昼行灯殿!」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一 おうぎとりすゞ取り、かみさ参らばりそうある物
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
果心居士かしんこじは、露芝つゆしばの上へでて、手に持ったいちめんの白扇はくせんをサッとひらき、かなめにフッと息をかけて、あなたへ投げると、おうぎはツイと風に乗って飛ぶよと見るまに
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、そのおうぎを持ってた長者ちょうじゃは、雷の神に打たれ焼かれて、雷の神が落ちるはずみに地面に出来た大きな穴の底に、ただ黒こげの骨だけとなって横たわっていました。
雷神の珠 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それでも合戦かっせんと云う日には、南無阿弥陀仏なむあみだぶつ大文字だいもんじに書いた紙の羽織はおり素肌すはだまとい、枝つきの竹をものに代え、右手めてに三尺五寸の太刀たちを抜き、左手ゆんでに赤紙のおうぎを開き
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
牛若うしわかはひょいとはし欄干らんかんにとびがって、こしにさしたおうぎをとって、弁慶べんけい眉間みけんをめがけてちつけました。ふいをたれて弁慶べんけいめんくらったはずみに、なぎなたを欄干らんかんてました。
牛若と弁慶 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
大正十二年七月中旬の或日、好晴の炎天下に鎌倉雪の下、長谷はせおうぎヶ谷やつ辺を葉子は良人おっとと良人の友と一緒に朝から歩きまわって居た。七月下旬から八月へかけて一家が避暑する貸家を探す為めであった。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
広い大土間から軒先の床几しょうぎにまであふれて、麦湯を飲んだり、おうぎづかいしたりしている大勢の旅装の武士たちのなかに、佐々木小次郎の顔がちらと見えたからであった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
驚いた事には、僕の知っている英吉利人イギリスじんさえ、紋附もんつきにセルの袴で、おうぎを前に控えている。Kの如き町家の子弟が結城紬ゆうきつむぎ二枚襲にまいがさねか何かで、納まっていたのは云うまでもない。
野呂松人形 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、彼の辞表を認めて、秋のおうぎほども惜しまなかったのは、誰でもない、龍興自身であった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兼ねて覚悟はしていたものの、いざ申し上げるとなって見ると、今更のように心がおくれたのです。しかし御主人は無頓着に、芭蕉ばしょうの葉のおうぎを御手にしたまま、もう一度御催促ごさいそくなさいました。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
呂宋兵衛がおうぎをもって打ちおとせば、ちょう死骸しがいはまえからそこにあった一ぺんの白紙に返っている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
というよりは、うつつに、おうぎはかまの前であてあそびながら、そらうそぶいていたといったほうが近い。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)