師木しき)” の例文
イマキイリ彦イニヱの命(崇神天皇)、大和の師木しきの水垣の宮においでになつて天下をお治めなさいました。
イクメイリ彦イサチの命(垂仁天皇)、大和の師木しきの玉垣の宮においでになつて天下をお治めなさいました。
それでアケタツの王に、「大和は師木しき登美とみ豐朝倉とよあさくらのアケタツの王」という名前を下さいました。
ここにその曙立あけたつの王に、やまと師木しき登美とみ豐朝倉とよあさくら曙立あけたつの王といふ名を賜ひき。すなはち曙立あけたつの王菟上うながみの王二王ふたばしらを、その御子に副へて遣しし時に、那良戸ならど一四よりはあしなへめしひ遇はむ。
御眞木入日子印惠みまきいりひこいにゑの命師木しき水垣みづかきの宮にましまして、天の下治らしめしき。
伊久米伊理毘古伊佐知いくめいりびこいさちの命師木しき玉垣たまがきの宮にましまして、天の下治らしめしき。この天皇、沙本毘古さほびこの命が妹、佐波遲さはぢ比賣の命に娶ひて、生みませる御子、品牟都和氣ほむつわけの命一柱。