四方あたり)” の例文
など話しながら、足は疲労くたびれても、四方あたりの風景のいのに気も代って、漸々ようよう発光路に着いたのがその日の午後三時過ぎでありました。
そのうえいることはあるまいと思っていると、そのけったいな男が、突然きょろきょろと四方あたりを見廻して、落着かないことおびただしい。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そこにはもう他に一組の鵜飼うかいがいて、がやがやと云いながら一そうの舟をだしているところであった。四方あたりはもうすっかりと暮れていた。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
四方あたりは急に眞暗になつて、あの人はウーンと言つて倒れると、私を抱きしめてゐた腕がゆるんで、私の身體は大地へ滑り落ちました
いつも両側の汚れた瓦屋根かわらやね四方あたりの眺望をさえざられた地面の低い場末の横町よこちょうから、今突然、橋の上に出て見た四月の隅田川すみだがわは、一年に二
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それから四方あたりを見廻わした。と見ると足もとの大地の上に宝蔵お守りの若侍が、手足を左右に延ばしたなりで、いびきをかいて眠っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
四方あたりに聞ゆる水の音は、今の自分にはもはや壮快に聞えて来た。自分は四方を眺めながら、何とはなしに天神川の鉄橋を渡ったのである。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
中央の太き柱は薬玉くすだまおよび小旗をって飾られ、無数の電灯は四方あたりに輝きて目映まばゆきばかり。当夜の料理は前壁に対せし一列の食卓に配置さる。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
まはり夫より所々を見物けんぶつしける内一ぴき鹿しか追駈おつかけしが鹿のにぐるに寶澤は何地迄いづくまでもと思あとをしたひしもつひに鹿は見失ひ四方あたり見廻みめぐらせば遠近をちこちの山のさくら今を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
一体天井裏というものはどんな風になっているのだろうと、恐る恐る、その穴に首を入れて、四方あたりを見廻しました。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
角を家の板目はめにつきかけた事も、一度や二度ではない。その上、ひづめの音と、鳴く声とは、うすい夜の霧をうごかして、ものものしく、四方あたりに響き渡つた。
煙草と悪魔 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
男はこの様子を見て四方あたりをきっと見廻みまわしながら、火鉢越に女の顔近く我顔を出して、極めて低き声ひそひそと
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
五日ばかりの月も落ちて了ツて、四方あたりが急にくらになると、いや螢の光ること飛んで來ること! 其の晩は取分け螢の出やうが多かツたやうに思はれた。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
兄はこう云って四方あたりを見渡した。その眼は本当に二人だけで話のできる静かな場所を見つけているらしかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
皆の者は驚いて、四方あたりにとび散りながら、眼をみはって闖入者ちんにゅうしゃを見る。仮面の男は扉の前でばったりたおれる。
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
「まあざつとこんな調子です。」彼は吾れと吾が詭術きじゆつに酔つたやうな顔をして四方あたりを見廻した。そしてその眼は不自然な凝視で以て重役の上に暫らく止まつた。
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
四方あたりの暗黒を十重二十重とえはたえに囲んで、御用! 御用! の声も急に、邦之助の率いる捕手の一団が、雲のごとく、霧のごとく、群がり、どよめいて、迫り囲んだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
暫くすると難儀にってから時が立ったのと、四方あたりが静になったのとのために、頭痛が余程軽くなった。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
父親はお庄の真赤になって炙っている玉蜀黍を一つ取り上げると、はじ切れそうな実を三粒四粒指でむしって、前歯でぼつりぼつりみ始めた。四方あたりはもう暗かった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
弟さらばとて明玉をとりいだし鍛冶かぢするかなとこの上にのせかなつちをもて力にまかせて打ければ、をしむべし明玉砕破くだけて内に白玉をはらみしがそれもくだけ、水ありて四方あたり飛散とびちりけり。
そのうちに七人は直ぐに自分の傍まで近付いて来たが、その持っている手燭てしょくの光りで四方あたりを見ると、ここは又大きい広い、そうして今の廊下よりもずっと見事なへやである。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
泰三はすばやく四方あたりを見た。そこは城代家老の詰所であって、常なら取次や書記や走りという侍などが六人いる定りだが、満信城代の計らいでそのときはみんな席にいなかった。
思い違い物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
四方あたり幽翠ゆうすいな峰で、散り残った山ざくらが白く、七堂伽藍がらんは、天野川の渓流がめぐるふところ谷にあり、山門へ渡る土橋から下をのぞくと、峰の桜が片々へんぺんと流れにせかれて落ちてゆく。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兵士は病兵の顔と四方あたりのさまとを見まわしたが、今度は肩章けんしょう仔細しさいに検した。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
こはいかに、四方あたりのさまもけすさまじ
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
いや、平次の投げ銭は恐れないにしても、物々しく四方あたりひしめく気合、いずれは役人の包囲の網が、ここを目当てに絞られるでしょう。
どのみち、本所の鐘撞堂へ帰るべき身であるけれども、遠廻りをして帰らねばならぬと思って、四方あたりを見廻して突立っていました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
バタバタと走り出た二人の武士、天丸左陣と人丸左陣とは四方あたりをキョロキョロ見廻わしたがすなわち咒縛を解かれたからであろう。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
四方あたりは真暗になったままで、日は暮れてしまって、夜になると、雨と風とが一緒になって、実に恐ろしい暴風雨あらしとなりました。
と、四方あたりが急に微暗うすぐらくなって頭の上のがざざざと鳴りはじめた。大粒の雨のしずくが水の上へぽつりぽつりと落ちて来た。
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
いつも両側のよごれた瓦屋根かはらやね四方あたり眺望てうばうさへぎられた地面の低い場末ばすゑ横町よこちやうから、いま突然とつぜん、橋の上に出て見た四月の隅田川すみだがは
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
こたびは我これに跨がり、急ぎて鉤に餌を施し、先づこれを下して後はじめて四方あたりを見るに、舟子ははや舟を数十間の外に遠ざけて、こなたのさまを伺ひ居れり。
鼠頭魚釣り (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
四方あたりに浮いてる家棟やのむねは多くは軒以上を水に没している。なるほど洪水じゃなと嗟嘆さたんせざるを得なかった。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
弟さらばとて明玉をとりいだし鍛冶かぢするかなとこの上にのせかなつちをもて力にまかせて打ければ、をしむべし明玉砕破くだけて内に白玉をはらみしがそれもくだけ、水ありて四方あたり飛散とびちりけり。
お庄はけたたましい声を立てながら、芳太郎の手に掴まってそこをわたった。四方あたりはシンとしていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「うん。暖かにしているがいい。このへやは少し寒いねえ」と中野君はわび四方あたりを見廻した。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで安心して、徐々そろ/\仕事の支度に取懸ると、其處そこらには盛に螢を呼ぶ聲が聞える。其の聲を聞くと、急に氣が勇むで來て、愉快でたまらない。それに四方あたり景色けしきかツた。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
追手達は身構えをしながら、瓦を一枚一枚這寄はいよって来た。畸形児ののぼせ上った目には、それが三匹の大トカゲの様に見えた。彼はあてもなくキョロキョロと四方あたりを見廻した。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし正木博士はそんな事には気が附かぬかのように、四方あたり構わぬ大声をあげて笑い出した。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
見ると青いしまの洋服を着てゐる。山高帽を脱いで手に持つてゐる。そして厭に落着いた足どりで入つて来る。彼は四方あたりを見廻して、軽く皆に会釈をし乍ら重役に近づいた。重役は立上つた。
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
がたびしあけ出行いでゆきけり跡には長助お光兩人差向さしむかひなればお光は四方あたりを見廻してしづかに云けるに内々にて御願ひと申すは外のことには候はず私しをつと道十郎事八ヶ年以前いぜんむじつなんにて斯樣々々かやう/\と有し次第を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
四方あたりはばかって笑い声を立てなかったのである。
煙管 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
花房一郎はややトロリとなって四方あたりを見廻しました。ブランデーを両掌の中に温めながら、まさに相手が欲しくなった程度の酔です。
笑う悪魔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
竜之助は西から来て、この札の辻の前へ立った——この札の辻のかたわらには大きな井戸があって、四方あたりには宿屋が軒を並べている。
この時、気絶からよみがえったと見え、若者はにわかに動き出した。まず真っ先に眼をあけて四方あたりを不思議そうに見廻したが
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
四方あたりにはうららかがあった。水の澄みきった小さな流れがあって、それがうねうねと草の間をうねっていたが、それにはかちわたりの石を置いてあった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そうして悠々然と四方あたりに人もおらぬといった風に構えている処は鷹揚おうようといって好いか、寛大といって好いか
風に乱れて渦巻き立ち、崩るゝ雲と相応じて、忽ち大地に白布を引きはへたる如く立籠むれば、呼吸するさへに心ぐるしく、四方あたりを視るに霧の隔てゝ天地あめつちはたゞ白きのみ
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「なるほどここはしずかだ。ここならゆっくり話ができそうだ」と兄は四方あたりを見廻した。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はその凹地のまん中でいく度もいく度も身を伏せて四方あたりのどこからも見えないことを、たしかめますと、すぐに右のポケットからガソリンマッチを取り出して、手元を低くしながら
死後の恋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)