四下あたり)” の例文
お庄は馬車を降りると、何とはなし仲居の方へ入って行ったが、しばらくそこらを彷徨ぶらついているうちに、四下あたりがだんだんけて来た。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
汽車に残つてゐるのは工事担当の技師ばかりだ。技師は物思はし四下あたりを眺めて汽罐かまの蒸気の音に耳を傾けてゐる。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
れた人間離にんげんばなれのした嗄声しゃがれごえ咽喉のどいて迸出ほとばしりでたが、応ずる者なし。大きな声が夜の空をつんざいて四方へ響渡ったのみで、四下あたりはまたひッそとなって了った。
何處どこ食事しょくじをしようぞ?……(四下あたりを見𢌞して)あゝ/\! こりゃまアなんといふあさましい騷擾さうぜう? いや、その仔細しさいはおやるにはおよばぬ、のこらずいた。
呼べどさけべど、宮は返らず、老婢は居らず、貫一は阿修羅あしゆらの如くいかりて起ちしが、又たふれぬ。仆れしを漸く起回おきかへりて、忙々いそがはし四下あたりみまはせど、はや宮の影は在らず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
面白可笑しい周囲の歓楽の中に雑りながら自分だけはそんな仲間に加はることは出来ないと云つたやうな様子をなしてただ四下あたりのさざめきにじつと見惚れてゐるのであつた。
老いたる男 (いぶかしげに四下あたりを見廻はす貌)ここは何処いづこぢや、何処ぢや。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
何を考えるともなく、あし自然ひとりでに反対の方向にいていたことに気がつくと、急に四辻よつつじの角に立ち停って四下あたりを見廻した。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「かまうもんですかよ。彼奴あいつにさえ見つからなけアいいんだ。」と、お庄は用心深く暗い四下あたりを見廻しながら出て行った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お庄は振りのような手容てつきをして、ふいとそこを飛び出すと、きまり悪そうに四下あたりを見廻して、酒屋の店へ入って行った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
石段を登り切ったところで、哀れな乞食は、おかの上へあがった泥亀どろがめのように、臆病らしく四下あたりを見廻していたが、するうちまた這い歩きはじめた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
大輪の向日葵ひまわりの、しおれきってうなだれた花畑尻はなばじりの垣根ぎわに、ひらひらする黒いちょうの影などが見えて、四下あたり汚点しみのあるような日光が、強くみなぎっていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
裏手の貧乏長屋で、力のない赤子のき声が聞えて、乳が乏しくて、脾弛ひだるいようなれた声である。四下あたりはひっそとして、他に何の音も響きも聞えない。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
四下あたりには若葉が日に日にしげって、遠い田圃たんぼからは、かまびすしいかえるの声が、物悲しく聞えた。春の支度でやって来た二人には、ここの陽気はもう大分暑かった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「おせわしいところ、どうも済みませんね。」とお国はコートを脱いで、奥へ通ると、「どうもしばらく……。」とあらたまって、お辞儀をして、ジロジロ四下あたりを見廻した。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ふと彼女の姿が見えなくなつたと思つて四下あたりを見まはしてゐる青年の傍へ、やがて彼女の顔が現はれた。青年ははつとしたやうに立停つて、急いで窃と彼女に手を差延べながら
復讐 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「いやね。」とお増はその手を引っ張ったが、心は寂しいあるものにひたされていた。蜜柑の匂いなどのする四下あたりには、草のなかに虫がそこにもここにも、ちちちちと啼いていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「好いわね。私もこゝへ来て書かうか知ら。」Y・N子が四下あたりを見廻してゐた。
草いきれ (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「貴方はこんな処にゐて、寂しかないの。」女はさう言つて四下あたりを見まはした。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)