仙人掌さぼてん)” の例文
静かな夏の日の独居ひとりゐが私の心をまた小さな仙人掌さぼてんの刺のうへに留らせ、黄色い名も知れぬ三ツの花のうへにしみじみと飛びうつらす。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
木下は仙人掌さぼてんの花が一番好きだと云った。仙人掌の花なんか可笑しくって馬鹿げてる、と信子は云った。百合の花は陳腐で月並だ、と木下は云った。
二つの途 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
性、気みじかで、すぐ雷声かみなりごえを出すところから霹靂火のあだ名があり、ひとたび狼牙棒ろうがぼうとよぶ仙人掌さぼてんのような針を植えた四尺の棒を打てば万夫不当ながいがあった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
砂漠と仙人掌さぼてん竜舌蘭りゅうぜつらんのすぺいんなんかでは、誰でも或る程度まで体験する感情に相違ない。
耳をろうするばかりの轟々ごうごうたるエンジンの地響を打たせ、威風堂々と乗り込み来たったのは、豪猪やまあらしの如き鋭いとげうごめかす巨大なる野生仙人掌さぼてんをもって、全身隙間なくよろいたる一台の植物性大戦車タンク
ガランドウは本堂の戸をあけて、近頃酒はないかね、と、奇妙な所で奇妙なことを大きな声で訊ねてゐる。本堂の前に四五尺もある仙人掌さぼてんがあつた。墓地へ行く。徳川時代の小型の墓がいつぱい。
真珠 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
長くしなしなして、ちょっとの風にも物思わしげに揺れたり屈んだり伸びたりするアカシヤの並木がチェホフの書斎の伊太利イタリー窓から見える。花壺の中の緑の仙人掌さぼてんが庭にある。遠くの海に艦隊がきた。
シナーニ書店のベンチ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)