“ちょうこう”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:チョウコウ
語句割合
徴候21.0%
長江13.6%
兆候11.1%
寵幸8.6%
張郃7.4%
張紘6.2%
張衡2.5%
趙高2.5%
重厚2.5%
長庚2.5%
趙弘1.2%
趙昂1.2%
調貢1.2%
重光1.2%
張絋1.2%
彫工1.2%
朝光1.2%
朝沆1.2%
朝綱1.2%
朝行1.2%
潮紅1.2%
聴講1.2%
趙広1.2%
趙洪1.2%
趙鍠1.2%
長興1.2%
長高1.2%
雕工1.2%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
神経衰弱になったり、夢中遊行を起したりするのは、そんな風に体質や性格が変化して行く、過渡時代の徴候ちょうこうだという説もあるくらいですが……
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
生田長江ちょうこう氏の「超人の哲学」、阿部次郎氏の「三太郎の日記」は来月号できつと紹介いたします。あしからず。
肺病ではないかときくと、そういう兆候ちょうこうは今のところでは見えませんと言った。今のところという言葉を清三は気にした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
二葉亭の家では猫は主人の寵幸ちょうこうであって児供が翫弄おもちゃにするのを許さなかった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
魏延が馬謖の救出にうごくことも察知していた司馬懿は、司馬昭に命じて、その横を衝き、張郃ちょうこうはおびただしい奇兵を駆って
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに侍立する文武官の顔ぶれを見れば、左の列には張昭ちょうしょう顧雍こよう張紘ちょうこう歩隲ほしつ諸葛瑾しょかつきん虞翻ぐほん陳武ちんぶ丁奉ていほうなどの文官。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小説の語は張衡ちょうこうが『西京賦せいけいふ』に「小説九百本自虞初」〔小説 九百
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
しん趙高ちょうこう
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
君のような重厚ちょうこうな人間から見たら僕はいかにも軽薄なお喋舌しゃべりに違ない。しかし僕はこれでも口で云う事を実行したがっているんだ。実行しなければならないと朝晩あさばん考え続けに考えているんだ。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
俳諧には蕪村または夜半亭の雅名を用うれど、画にはいん、春星、長庚ちょうこう、三菓、宰鳥、碧雲洞へきうんどう、紫狐庵等種々の異名ありきとぞ。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
と、朱雋の軍六万は、宛城えんじょう(湖北省・荊門県附近)へ迫って行った。そこには、黄巾の残党、孫仲そんちゅう韓忠かんちゅう趙弘ちょうこうの三賊将がたて籠っていた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると、残る賊将の趙弘ちょうこう孫仲そんちゅうのふたりは
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
趙昂ちょうこうの妻は、聞くと涙をうかべたが、その涙をみずから叱るように、声を励まして、良人へいった。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また尹奉いんほう趙昂ちょうこうの邸を包囲し、その妻子召使いまで、みなごろしにしてしまった。ただ、かの貞節な趙昂の妻だけは、祁山きざんの陣へ行っていたので、その難をのがれた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのため、二年目の秋には、地方の調貢ちょうこう(税物)が、まるっきり都へ送られなかった。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また調貢ちょうこう、収税も怠っていないのに、いきなり民情も知らぬ人間が、中央の辞令など持って、「権守」だの「介」だのと、大面おおづらして赴任して来たところで、そんな奴等に、おいそれと
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
通称は三右衛門さんえもんである。六せいの祖重光ちょうこうが伊勢国白子しろこから江戸に出て、神田佐久間町に質店しちみせを開き、屋号を三河屋みかわやといった。当時の店は弁慶橋であった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
辰勝の嫡子重光ちょうこうは家を継いで、大田原政増、清勝せいしょうに仕え、二男勝重しょうちょうは去って肥前ひぜん大村おおむら家に仕え、三男辰盛しんせい奥州おうしゅうの津軽家に仕え、四男勝郷しょうきょうは兵学者となった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
張昭、張絋ちょうこう周瑜しゅうゆ魯粛ろしゅくなどの宿将をはじめとして
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
校長ピロッチイが名は、をちこちに鳴りひびきて、独逸ドイツの国々はいふもさらなり、新希臘ギリシア伊太利イタリア璉馬デンマークなどよりも、ここにきたりつどへる彫工ちょうこう、画工数を知らず。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
仙人は流霞りゅうかさんし、朝沆ちょうこうを吸う。詩人の食物は想像である。美くしき想像にふけるためには余裕がなくてはならぬ。美くしき想像を実現するためには財産がなくてはならぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
桓帝かんていいて、十二代の帝位についた霊帝は、まだ十二、三歳の幼少であるし、輔佐の重臣は、幼帝をあざむき合い、朝綱ちょうこうみだりにし、佞智ねいちの者が勢いを得て、真実のある人材は
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さては襤褸ぼろでござれ何でござれ、歩きながら器用な長箸で摘んでは肩越しに竹籠へ抛り込んでゆく葬式彦兵衛——何のことはない、さながら判じ物のような百鬼朝行ちょうこうが、本八丁堀三丁目、二丁目
まだ焮衝きんしょうが残っているらしく、こころもち潮紅ちょうこうしたまましなつぶれていて、乳首とあばらとを間近く引き寄せた縫い目の処には、黒い血のかたまりがコビリ着いたまま
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「ただ今、趙雲ちょううんの子趙統ちょうとう趙広ちょうこうが、二人して参りましたが、これへ召しましょうか」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
孝孺こうじゅしゅうは、そのひと天子のにくむところ、一世のむところとなりしをもって、当時絶滅に帰し、歿後ぼつご六十年にして臨海りんかい趙洪ちょうこうに附せしより、またようやく世に伝わるを得たり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
せん州の節使趙鍠ちょうこうもまた額の上に一塊の肉が突起しているので、珠があるのではないかと疑われていた。やがて淮南軍わいなんぐんのために郡県を攻略され、趙も乱兵のために殺された。
かつて張士誠ちょうしせいに当りて、長興ちょうこうを守ること十年、大小数十戦、戦って勝たざる無く、ついに士誠をして志をたくましくするあたわざらしめしを以て、太祖の功臣を榜列ほうれつするや
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
長高ちょうこう見様けんよう面白おもしろ有一節ひとふしある濃様のうよう鬼拉きらつ幽玄ゆうげん事可然様ことしかるべきよう麗様れいよう有心うしんとしたが、その中で、幽玄・麗様・濃様・長高などにあたる歌をお好みになったらしいので
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
雕工ちょうこうに聞くに山茶と枇杷びわの木の槌で身を打てば、内腫を起し一生煩う誠に毒木だと。